【運営者】
ライフオーナーシップ
【代表者】
垂水克己(たるみ かつみ)
先代の時代からの古参幹部との関係構築に悩む2代目社長の
支援に特化して、経営陣を最強の経営参謀チームに変革
していく組織シナジー開発コンサルタントです。
得意なこと:滞っている関係、対立している関係を解消していく
ための対話の場を、中立的な立場で安全に取り仕切っていくこと。
問題の本質を摑みそこを解決していくこと。
資格等:
中小企業診断士
米国CRR認定プロフェッショナル組織&関係性コーチ(ORSCC)
米国CTI認定プロフェショナルコーチ(CPCC)
<23歳 中央大学商学部卒業後 ハウス食品株式会社に入社>
学生時代を通してドラム演奏に打ち込んできたものの、
プロになる程の自信はなく、大学4年になってからやむなく
就職を考え出す。
あまりこだわりはなかったが、友人からの
「自分
で商品を吟味できる食品業界が親しみやすくて
良いんじゃないか」というアドバイスに納得し、
食品業界に絞って就活。バブル期絶頂だったこともあり、
始めてから2ヶ月程経った頃、1番最初に内定をもらえた
会社に入社を決意。
ドラムを趣味として思いっきり満喫するための生活費稼ぎ
といったような気楽な気分で入社、営業部門に配属となった。
<32歳 昇格試験での挫折経験が一つの転機に>
気楽な気分で入社したものの、毎日の仕事は忙しく、
また刺激的でもあり、元来の負けず嫌いで成功意欲の高いことが
功を奏して、目標を達成していくことに夢中に。
結果まずまずの好業績を残してきたが、32歳を目前にして
昇格試験に2年連続不合格。
同期入社はおろか後輩にも先を越されていくうちに仕事への
モチベーションはどん底に。
「自分を正当に評価しない会社に、何が楽しくて
毎日通っているんだ?」と嫌気がさしてきて仕事にも身が
入らなくなり成績も急降下するという悪循環にはまっていった。
そして会社を見返してやろうと強く決意し、中小企業診断士試験
にチャレンジ。
3年間にわたり睡眠時間を3〜4時間まで削って猛勉強の末、
資格を取得した。
資格取得後は転職してやるぞと息巻いていたものの、
箸にも棒にもかからず、会社に留まることにした。
但し資格を活かして新たなことにチャレンジしたいと強く思い、
会社に異動願いを出すことを決意。この時はじめて、
「自分が仕事を通して何を得たいのか?何を成し遂げたいのか?」
について真剣に考え始めた。この頃、自分を一番勇気づけ、
また深く内省するする機会をもらえたものがコーチングだった。
こうしてコーチングと出会い自ら体験しながらも、その
すばらしさに感銘を受け、このすばらしさをキャリアや人生に
悩む人にも紹介していきたいと思い自らその技術を学び始めた。
その結果、自分の可能性を実現させるためにチャレンジする人が、
成功できるようにサポートをしていくことを仕事にしていきたい
と思い出した。
この一連の経験をきっかけに、人生の主導権を会社や家族といった
外部に預けるのではなく、自分がしっかりと握ることがどれだけ
大切かを痛感した。
この頃から「人生のオーナーシップを自らの手に」という言葉が
信条となる。
<36歳 素晴らしい経営者との出会い>
提出した異動願が受諾され、14年間在籍した営業部門から
グループ経営企画部署にマネージャーとして異動。
そこでは子会社の経営支援が主な業務で、延べ30人の子会社社長と
お付き合いし、経営をサポートしていくものだった。
そこでお会いしたお一人の社長との関わり合いが私の経営者観や
経営観を育ててくれた。
その方は際だって志が高く、肝が据わり、また会社の行く末と社員
の活躍に本気で心を砕いておられる経営者だった。
その方のあり方を通して、経営とはなんたるかを身をもって教えて
頂く機会にもなった。
一方他の会社では、親会社の顔色ばかりうかがっているあまり、
幹部や社員との溝ばかり深まり、メンバーそれぞれは優秀なものの、
人と人、チームとチームが諍い合い、士気の低下を起こし、
成績も悪化していく様も見てきた。
それはまさしく、
「1+1=2どころか、0.5」になってしまっているありさま
だった。
また、親会社からの辞令で子会社の社長にはなったものの、
これまでの仕事とのギャップや子会社の古参幹部との関係に悩む
社長も数多く見てきた。
社員の人数や設備等が潤沢な親会社での仕事の仕方や慣例と、
中小企業で膳弱な子会社でのそれらとは異なり、
業種・業態が違えばなおのこと別物でもある。
そのような中で、親会社での慣例を子会社に持ち込むことで、
子会社の幹部や社員との軋轢ができることは良くある風景でも
あった。
また古参幹部からすれば、自社業態に対する知見も経験も自分たち
より少ない社長に、これまでのやり方を否定されることで反発
したくなることも容易に理解できた。
このように社長と古参幹部がちぐはぐな状態が続いていては、
経営もうまくいかなくなることは必然であり、結果として社長本人
は社長を引き受けた事を悔やんだり、本社の人事部を恨んだりする
ありさまであり、そのような状況を解消するための支援にも
数多く携わった。
ここでは如何に古参幹部を味方につけるかが大きなカギである。
新社長として、ビジョンや経営者としてのリーダー像を明確に
創り上げていくことを支援していくと同時に、古参幹部や社員
からは、これまでのやり方の良いところ、強みを聞き出して
いくことをまずはお手伝いした。
その上で、両者が持ち寄り新たな事業プランを創り上げていく
ことを支援していった。
これらを通して、新社長のあたらしい風と、この企業が持つ
強みとが融合させることが出来、社全体が新しいチャレンジを
していく機運作りに一役買うことが出来た。
先代社長から引き継ぎ新社長として、会社の経営に取り組もうと
する社長の右腕として私がお手伝いすることは、結果会社を強くし、
社員の方を幸せにするんだと知った。
ここでの経験や学びが、現在2代目社長の右腕として支援させて
頂く原点になった。
古参幹部をはじめとする社員の方々との関係での問題を解き
ほぐし解決していくことは、2代目社長は元より会社を強くし
社員も幸せにするのだと確信している。
<M&A後のぎくしゃくした親子会社間の関係に取り組む>
結局、グループ経営企画部署には7年間在籍。
その間、会社としてはM&Aで2社を子会社化。
ここでは、M&A後のグループ会社間の一体感醸成に取り組んだ。
そこで経験したことは、M&Aをした後の親会社と子会社とが
一致団結していくことの難しさであった。
親会社としては多額の出資をしたことの是非を、M&A後の
子会社実績や、グループとしてのシナジー発揮によるグループ業績で
株主や市場から監視される。
その為全体最適という名の下に強権発動をしていったり、
逆に子会社との軋轢を恐れるあまり気を使いすぎてリーダーシップを
発揮できなかったりと迷走しそうになった。
逆にM&Aされた子会社では、社員達の中に経営陣や親会社に対する
疑心暗鬼や、元親会社から売却されたという裏切られた
気持ちや悲しさ、絶望感が渦巻いていることが多く、
なかなか素直に親会社との話し合いに望めないという
難しさがあった。
親会社と子会社とで、まるで綱引きをしているような状態で、
業績は不振を極め、「M&Aをしたことは失敗だったのではないか」
という陰口まで社内には流れるありさまだった。
ここでは、一貫して親会社と子会社間の葛藤・問題の解決役
として活動。
ついつい感情的になり、騒然となったり冷戦状態になったりする
話し合いの場を両者にどんな考えや思いがあるかを話し合い、
相手に対する思い違いを解いてくための仲介役を務めた。
これらの経験を通して「問題の奥に潜むコミュニケーション
(組織内・組織間)のこじれを解決するためのスキル」を
体得していった。
<43歳 21年間勤めた会社を退職し独立>
21年間勤めてきた会社には愛着も愛情も非常にあったのだが、
自分自身の可能性にチャレンジしていきたいと考え、
安定や安心を捨て独立を決意。
まさに自分自身が「人生のオーナーシップを自らの手に」
しながら生きていくことを選択した瞬間であった。
そして
「人生のオーナーシップを自らの手に」を旗印に、
先代からの古参幹部との関係構築に悩む2代目社長が、
そしてそこで働く社員それぞれが、自分の可能性を諦めず
自発的に働き、それぞれが組織や仲間のために
貢献し合う組織づくりを目指し、ライフオーナーシップを設立。
学校卒業後に外部の会社に数年勤め、跡継ぎのために戻り先代から
引き継いだものの年上の社員との関係や経営不振に悩み、
事業承継したことを悔む2代目社長の方々に何人もお会いしてきた。
そのような方々の悩みを解消し、組織メンバーそれぞれが仕事を
楽しみ、お互いに長所を活かし合い、その結果組織としても
成長していく。
そのような組織がこの社会に少しでも増えていってくれることを
日々願って、この仕事をしております。