04/03/2022
【何となく良いお店が最高のお店】
実際にバランスがとれて長期的にお客様を魅了し続けているお店に対するお客様の印象とは、果たしてどのようなものなのか?味、サービス、値段、雰囲気、利便度、デザイン、立地、営業時間など、様々な条件のバランスがとれているお店がお客様にとって価値の高いお店であり、お客様の満足度が高いお店である。お店に対して「料理がおいしい」「スタッフの感じが良い」「お店のデザインがお洒落」と言うような印象を抱かれている事は大変光栄な事ではあるが、もうワンランク上の最高のお店、つまり長期的にお客様を惹きつけるお店に対してのお客様の反応は微妙に違う。長期的にお客様を魅了し続けるお店に対するお客様の印象とは一体どのようなものなのか?
それは「今日どこに食べに行こうかなー?あっ、そう言えばこの前友達と行ったあのホテルの5階にあった和食店、何となく良かったなー。お店の名前は何だったかな?ホテルに電話して予約しよう」というものである。この「何となく良かった」というのが、まさにお店の様々な要素のバランスがとれている証拠である。お料理の味、サービス内容、店内の雰囲気、店内の音楽など全ての要素のバランスがとれていた為に、そのお店で過ごした時間がとても心地よく感じられ、周りの事を気にする事なく自分達の楽しい時間が過ごせたという事である。
お客様は、我々が毎日お店で働いていても中々気づかないような細かい事まで、非常に敏感に感じ取る。また、我々にとってはほんの些細な事であっても、お客様にとっては重要で不愉快に感じる事もある。例えば、サービススタッフとキッチンスタッフの能力レベルのバランス、料理やドリンクの品質と値段のバランス、メニュー構成のバランス、お店の雰囲気と店内の音楽のバランス、店員の制服とお店の雰囲気のバランス等々、実に様々な要素のバランスをお客様は感じ取るものである。これだけでは少し分かりづらいかもしれないので、我々が意識しなくてはならない要素を幾つか具体的な例を挙げて説明していこう。
料理人にとってのバランス感覚
ある料理人が海鮮炒飯を作っていたとしよう。そしてそれを食べたお客様から「おっ、この海鮮類は新鮮で美味しいね」とか「あっ、このお米美味しいな」とか「流石!この卵美味しいよ」という誉め言葉を頂いたとしよう。これらは確かに有り難いお言葉ではあるし、大変喜ばしい事であろう。しかしこれでは最高の海鮮炒飯とは言えない。何故ならこの料理人は、「海鮮類の炒め物」を作っている訳でもないし「スクランブルエッグ」を作っている訳でもない。そう、この料理人は海鮮炒飯を作っているのである。つまりお客様に「おっ!この海鮮炒飯、美味しいよ!」と言ってもらうのが最高の誉め言葉であるはずである。また、そう感じてもらった作品こそが最高の「海鮮炒飯」なのである。
「何が具体的に美味しいのか分からないが、何となく美味しい」と感じる料理こそが最高の作品である。その料理は全ての要素が上手く融合し合っている。つまり食材同士がお互いに邪魔をせずに、お互いを活かし合っている。当然、海鮮類だけを口にした時は「この海鮮類は新鮮で美味しい」と感じるであろうし、卵だけを口にした時には「この卵は最高だ」と感じるかもしれない。但しこれが最高の海鮮炒飯であれば、食べ終えた後の総合評価としては、「うーん…この海鮮炒飯は本当に美味しいな。何故だろう?何が美味しいのだろう?」というものになるであろう。
お客様にとってのバランス感覚
〈長期的にお客様を魅了し続けているお店〉、〈何となくまた行きたくなるお店〉、〈常連客のつきやすいお店〉に対するお客様の判断基準とは、果たしてどのようなものなのか?これはお店側にとって最も気になる課題の一つであろう。従ってここでは、お客様がお店を選ぶ時の心理的なバランスについてお話していこう。
お客様はお店のバランスを非常に敏感に感じ取る。その結果、一流のシェフが最高級の食材を使って仕上げた100点満点のお料理であっても、お客様のテーブルに運ばれてきた時には50点の評価になってしまうかもしれない。そのような事が平気で起こる。例えば提供時間が早すぎたり遅すぎたりしてお客様が望むタイミングと合わなかった。温かいお料理のお皿が冷たかった。お料理がお皿のデザインとマッチしていなかった。提供するサービスメンバーのサービスが悪かった。これらの場合は、いくら100点のお料理でもさほど美味しくは感じない。せっかくの楽しい時間も白けてしまうかもしれない。結果的に100点のお料理が50点の最終評価になってしまう。
当然の事だが、お客様の評価が最終評価である。『料理はキッチンで完成するものではなく、テーブルの上で完成するものだ』とよく言われる。その言葉の意味がこれであろう。テーブルでの価値が落ちるとお食事の価格対満足度は下がらざるを得ない。お店はキッチン段階の100点満点のお料理に対して値段設定しているはずだ。しかしお客様にとっての価値はテーブル段階での50点しかない。おのずとお客様は多少高すぎると感じてしまう。
お客様は、決してお店の都合の良いようには評価してくれない。また、テレビや雑誌のような評価もしない。テレビや雑誌の評価や印象と実際に御来店されたお客様の意見や感想がよく異なるのは何故なのか?それは店を訪れる目的が両者で違うからである。
評論家やプロデューサーは評価が仕事である。お店を評価するために一つひとつの項目を見ていく。例えば以下のような項目である。
1.お料理の味
2.ドリンクの味
3.お店の外観
4.お店の内装
5.スタッフの動き
6.値段設定
7.立地の良さ
そして一つひとつに対して点数を出して評価していく。しかしお客様は違う。最高の接待をしてお得意様を喜ばせたい、デートを楽しみたい、家族水入らずでリラックスしたいなど、様々な理由や目的があってお客様はご来店される。そのような状況の中でいちいちお店を様々な角度から分析したり評価したりするはずがない。お客様は評論家ではない。採点表を持ってお店に行くのでもない。
従って、いちいち「おっ、これは天然ものだね!」とか「んっ?これは無農薬だな?」とか「これは冷凍物かー」とか「あのサービススタッフ動きがぎこちないなー」等とコメントする人はほとんどいない。よっぽどひどい味やサービスでなければ、一般のお客様には分からないであろう。お客様は食事の時くらいリラックスしたい、くつろぎたいと考えている。お店全体のバランスを無意識的に感じ取り、「いいデートだった」、「いい接待だった」、「家族全員が楽しめていろいろな話が出来た」、「最高の時間を過ごさせてもらった」と評価する。そしてその時の目的が達成され、自分も家族も友人も楽しめたら、そこで初めて「ああ、あのお店良かったね」となる。お店に対する具体的な感想が意識にのぼるのはその総合評価が出た後になる。この場合のキーワードは「そういえば」である。「そういえばお料理も美味しかったよね」とか、「そういえば雑誌であそこはいつも新鮮なお魚を仕入れているって書いてあったよ」とか、「そういえばお料理の出てくるタイミングも良かった気がしない?あのお店のサービススタッフは、ちゃんと細かいところまで気配りしてくれていたのかもね」等々。そして「あれだけ楽しめてあのお値段なら、また今度行ってもいいかな」となるのである。
どんなに美味しいお料理を提供していても、サービスがそのレベルでなければ、実際は90点のお料理がお客様にしてみれば30点くらいにしか感じられないかもしれない。そしてその30点がそのままお店の評価になる。雑誌のように、〈あのお店は、お料理は90点でサービスは50点だ〉等というような都合の良い評価は決してしてくれない。これは非常に厳しい評価の仕方である。一人が悪ければ全員が罰せられる。連帯責任みたいなものである。どんなに素晴らしいお店であっても、たった一つのミスによってお客様を失う。その怖さは飲食業界で働いている方であれば痛いほど良く理解していると思う。これに耐えられなければ飲食業界では生きていけない。
だが、本当に飲食業界を愛している方には、このプレッシャーがむしろ心地よく感じるはずである。御来店された全てのお客様に感動して頂く事がほとんど不可能なように、お店の全ての要素を完璧にする事など到底できない。だからこそ楽しい。テレビゲームと一緒で、自分のレベルが上がっていくら強くなっても、常にさらに強い敵が現れるからこそ、どんどんゲームにのめり込んでいくのである。そして次のステージ、さらに自分のレベルを上げる為に、己を磨いていくのである。
常に敏感になって、全ての要素が高いレベルでバランス良く保たれているかどうかに気を配り、お客様の為に心を擦り減らす事が出来れば、必ずお客様にその愛は伝わる。そしてたくさんのお客様にご来店して頂き、たくさんの笑顔を頂ける。あなたの擦り減った心もきっと癒されるはずである。
経営者にとってのバランス感覚
ここでは、現場のマネージャーを含めた実質の店舗経営者にとってのバランス感覚を、具体的な問題例を挙げて説明していこう。
〈具体的な問題例〉
「お料理のブッフェ台の、冷たい前菜やデザート用の取り皿が温かい」
これはホテルなどブッフェ形式のお店にありがちな問題である。当然、営業前や落ち着いている時間帯は、冷たい前菜やデザートのセクションには常に冷えたお皿か常温のお皿が並べてある。しかし忙しくなってくるとどうしても洗い場から直接お皿が回ってくるため、お皿を冷ます時間がなく、温かいもしくはアツアツのお皿が冷たい前菜やデザートのセクションにも並べられる事になる。
このように書くと、経営者の方は「必ずしもそうとは限らない」、「いつもそういうわけではない」、「メンバー達がもっと頑張って協力して俊敏に働けばもっと早くお皿を回転させる事が出来るはずだ」と思われるかもしれない。そのような方には、実際にピーク時のブッフェのレストランにて、しかも限られた数のチームのメンバー達と働いてみる事をお勧めする。自分の過ちに気がつくのに一時間とかからないであろう。
〈解決策の例〉
「席数の8倍の数のお皿を常備しておく事」
何故8倍もの数のお皿が必要なのか?これは、一人のお客様に対してこれだけのお皿を使うという事である。常にお客様のテーブルの上に2皿、下げ場に2皿、洗い場に2皿、ブッフェ台に2皿あるという計算である。ここで特に重要なのが〈下げ場に2皿〉という計算をあらかじめ計算できるかどうかだ。現場の状況を把握していれば簡単に理解できるが、使用済みの汚れたお皿がお客様のテーブルから洗い場に直行する事はまずない。ほとんどの場合は下げ場を経由してしばらくお皿が溜まってから洗い場へと運ばれていくのである。ここで理解しなくてはならないのは、サービスの人間が手を抜いているからお皿を下げ場に溜めているのではなく、これが現実的に効率の良いオペレーション作業なのである。
もちろん常に高稼働率を維持できる店舗は多くはないであろうが、通常の営業でも7~8割の稼働率のあるお店であれば、席数の8倍の数のお皿を常備しておかなければ余裕を持ったサービスは出来ない。また週に1‐2回でも冷たい前菜やデザートのセクションに温かいお皿が並べられる事がある店舗であれば、お客様の満足度、機会損失、メンバー達のストレス度などを考慮すればまず間違いなくお皿を増やしたほうがより多くのお客様を魅了し続ける店舗になる可能性は高まる。このように考える事が出来れば、器財の代金が仮に100万円かかったとしても、それは合理的なものであると、正しく経営判断できる。
なお、これは冷たい前菜やデザート用のお皿のみならず、通常の取り皿、カップ類、シルバー類、グラス類など全ての器財に当てはまる。現場のメンバー達なら誰でも知っていることであろうが、どの店舗でも特に足りないのはデザートの皿、デザートシルバー、コーヒーカップ、ティースプーン等である。
バランススキルを備えた経営者のソロバン勘定
また、この解決策は合理的・論理的に説明が出来る。何故ならば、十分な器財があれば、
1. 長期的な人員削減
2. お客様の満足度の向上
3. 機会損失の予防
といったメリットが生まれるからである。
1.長期的な人員削減
ピーク時にお店のオペレーションが回らないという理由で、余分な人員を使っている店舗は意外と多い。特に洗い場、ブッフェのヘルプ要員、下げ物だけを担当しているメンバー達などである。十分な器財があれば、オペレーションに支障をきたすことなく、余分な人員を削減できる。もし一日に一人を削減できれば、月に一人のコストが20万円として、5ヶ月間で100万円のコスト減である。従って5ヶ月間で100万円分の器財を破損する事さえなければ、この投資は成功だと言える。
2.お客様の満足度の向上
これは〈長期的な人員削減〉と多少関連している事項である。もし人員を削減できない事情がある店舗でも、器財を十分に揃えれば作業効率は上がり、お客様に奉仕する時間を増やせる。つまり『作業とサービスのバランス度』において、サービスの比率がより高くなる。結果、より多くのお客様により多く感動して頂ける可能性が高まるのである。
3.機会損失の予防
常にお皿やシルバーを切らす事なく、冷たいお料理には冷たいお皿、温かいお料理には温かいお皿が準備されていれば、お客様からのクレーム率も減少するだろう。逆に、もしこのような当たり前の事が当たり前のように出来ていないレストランであれば、そのお客様に次回もまたご来店いただける可能性は激減する。そのような情報は口コミで一気に広がってしまうものである。最終的にこの器財代金100万円を余分なコストと捉えるか、また逆に3年間で倒産する可能性の高かった店舗を 10 年は継続できる店舗に生まれ変わらせるための長期的な投資と捉えるかは、経営者のバランス感覚次第である。
何故ならこれは机上の数字、つまり貸借対照表や損益計算書には決して表れてこないからである。この100万円が将来の何千万円、いや何億円の価値を生む投資であると証明することはできない。しかし〈お客様の満足度〉、〈機会損失の改善〉、〈メンバー達のストレス改善〉と投資額とのバランスを敏感に感じ取れる経営者の方であれば、きっと正しい解答を導き出す。また客観的な視野を備えた経験豊富なプロの経営者であれば、脳内の様々な引き出しから様々なデータを取り出して、今の店舗の状態と照らし合わせ、その状態にあった改善策を打ち出し、問題点を一つずつ丁寧に取り除いていけるであろう。
ここで気をつけて頂きたいのは、「今の店舗の状態にあった改善策」と「一つずつ丁寧に取り除く」という事である。同じ店舗であっても時期やタイミングによって改善策もまったく異なってくる。むやみやたらに様々な問題点に手を出すと、全てが中途半端で終わってしまう可能性が高い。
今の店舗で解決可能な問題点を一つずつ丁寧に取り除く。それも投資対効果の高い方から優先順位を付けて取り組んでいく。地道で絶え間ないこの努力の先にあるのが「バランスの良いお店」、すなわち「何が具体的に良いのか分からないが、何となく良いと感じるお店」である。
経験がバランス感覚を養成する
ここでは、料理人にとってのバランス感覚、お客様にとってのバランス感覚等の例を挙げてきたが、これらはほんの一例である。
実際の現場では日々様々な問題に直面し、それぞれの解決策の判断時に『バランス感覚』が必要になってくる。たとえ同じ形態のお店であっても、季節や立地や時間帯やお店の置かれている状況によって全く違った解決策が必要になってくるかも知れない。また、国や文化や人種の違いによってもいろいろと考慮する点が出てくるであろう。バランス感覚に優れた人間は、「臨機応変」「適応力」などの能力に長けている。また、これらの能力は生まれつきのものではなく、鍛えれば身につくものである。しかし短期間で身につくものでもない。
優秀なスポーツ選手の柔軟でありながらも鋼のように強い筋肉、つまり見世物や飾りではなく実戦で使える筋肉を身につけるのにはそれ相応の鍛錬が必要である。そしてその筋肉をただ闇雲に振りかざすだけではなく、如何に有効に使って戦いを勝ち抜くかという緻密な戦術を立てるのには、それなりの経験と時間が必要である。それと同じ様に、この厳しい外食産業界で生き抜く為に必要な『バランス感覚』は、何千何万というお客様と接し、いろいろな状況に直面し、様々な問題と向き合う事で養われていくものである。真剣に飲食業界で成功を収めたいと思っている方、本気で飲食業界を愛しておられる方には、是非ともこの『バランス感覚』の重要性を理解して頂き、自分のチームメンバー達にもこの重要性を伝えて頂きたい。
鍛錬と経験を積んでじっくりと時間をかけて自分を成長させ、またチームのメンバー達が成長する事によって、我々の生きているこの飲食業界にはより一層の成功がもたらされるであろう。より多くの人がこの飲食業界で成功を収め、「9割以上が3年以内に倒産する」という通説を打ち砕ければ、水商売だとかアマチュアの世界だとかは言われなくなるであろう。そして、優秀な人材が飲食業界の門を叩くようになり、更には他業界や一般社会から尊敬される優秀な人材がこの業界から続々と生まれていくと信じている。
著書:『世界一のレストラン』 より抜粋
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第一章 究極のサービスを提供する お客様は十人十色、来店目的は...