株式会社価創研

株式会社価創研 問題に集中する会議と機会に集中する会議、双方のプロデュース

25/08/2026

歴史に学ぶ経営番外編154 『国際機関との付き合い方!?』

 2026年8月18日、米トランプ政権が、国際刑事裁判所(ICC)のトップである赤根智子所長を制裁対象に指定したというニュースが世界に衝撃を与えた。ICCがイスラエルのネタニヤフ首相への逮捕状を発付したことや、米兵の戦争犯罪疑惑の捜査に関与したことが、アメリカ側の主な反発理由だ。

 トランプ政権は2025年2月の大統領令に基づき、ICC関係者への制裁を段階的に拡大しており、8月18日、そのターゲットとして赤根所長本人が新たに追加された。ルビオ米国務長官は声明で、ICCを「腐敗し、致命的に政治化された超国家的な裁判所」と断じ、「悪意を持って権限を乱用し、逸脱している」と厳しく非難した。

 これを受けオランダやドイツ、EU、国連等はICCを「断固支持」すると直ちに表明。トランプ政権への強い反発を示したが、ICCへの最大の分担金拠出国(約45億円/年)であり日本人がトップであるにも関わらず、日本は「大変残念」とコメント。日本政府はICC支持を維持しつつも、米国との関係に配慮した慎重な表現に終始した。

 そもそもICCとはどのような組織なのか? その設立は第二次世界大戦後の国際社会が「大量虐殺や戦争犯罪を裁く恒常的な国際法廷の必要性」を痛感したことから始まり、半世紀以上の議論と紛争対応の経験を経て、1998年ローマで国連外交会議が開催され、120か国の賛成でローマ規程が採択、2002年の発効によって実現した。2003年3月、オランダ・ハーグで史上初の常設国際刑事裁判所が開所。その意義は、国家が裁けない重大犯罪を国際社会が個人責任として裁く「常設の国際刑事司法の柱」を築いた点にある。(ウィキペディア)

 同じくオランダ・ハーグに所在する国際裁判所でICJ(国際司法裁判所)がある。混同しそうだが、簡単に言えば、ICJは“国家を裁く裁判所”で国連の一部、ICCは“個人を裁く裁判所”で国連とは独立した条約機関である。最近の事例で言えば、我々には同じように見えるガザ紛争だが、南アフリカがジェノサイド条約違反だとしてイスラエルを提訴した先がICJ(国際司法裁判所)であり、戦争犯罪・人道に対する罪の疑いでネタニヤフ首相を訴追したのがICC(国際刑事裁判所)である。

 さて日本の主要メディアは、ICCこそ国際司法の最後の砦でこれを守れとの論調だが、ここは冷静に判断しなければならない。確かにプーチンやネタニヤフの訴追やドウテルテの逮捕等は一定の成果を挙げているようにも見える。しかしチャイナのウイグルやチベットにおける人権侵害や北朝鮮による日本人拉致問題についてはどうか?こちらについては十分な司法的対応を取れていない。もっとも、その背景には中国・北朝鮮がローマ規程に加盟しておらず、ICCの管轄権が及ばないという制度上の限界もある。

 ローマ規定という国際条約に基づくICCだが、米国、チャイナ、ロシアといった大国は加盟していない。崇高な理想を掲げてもそれだけでは企業は長続きしないのと同様に、初めから実効性に疑問のある組織に投資を続ける意味はあるのか? そもそも国家主権より上位に国際法があるという考え方には慎重であるべきではないか? 国際協調と米国との関係の狭間で、検討すべき課題は多い。赤根所長個人の生活を保障することには賛成だが、それ以外のことはゼロベースで検討すべきちょうどよい時期ではないだろうか。国際機関を盲信する時代ではない。 以上
#歴史に学ぶ経営番外編

18/08/2026

歴史に学ぶ経営150 『別目線を持つことの重要性!?』

 政治と金の問題はどこまで行っても終わりがないようだ。それほど政治には金がかかるのか?それとも金が好きな人間が政治家になるのか?九州のとある県議会がもめている。高市首相も「ええかげんにして」と周囲に漏らす始末だ。自浄作用が働かない政治の一幕だが、地方ほど「閉鎖的なムラ社会」でこれは氷山の一角だと指摘する識者もいる。

 「権力は腐敗し、人間は堕落する」というのが我が人間観だ。権力の座に長くいればいるほど人は正気ではいられなくなるようだ。「○○のドン」などと言われ、いい気になって好き放題をやらかすのが「人間の性」のようだ。いくら立派に見えようとも、「○○のドン」などと呼ばれるようになった人間は、本当は選挙で落とさなければならない。自浄作用が働かないのは政治家だけではない。有権者も同じことだ。

 「七十にして心の欲するところに従って、矩を踰えず」と彼の国の賢人は宣ったが、八十を過ぎても易々と矩を超えてしまうのが凡俗だ。長年権力の座にいて堕落しない人間などいないと思った方がよい。だからこそ政治家や公職に就く者には任期制が必須だというのが持論だ。以前のブログに米国大統領が最長8年の任期であることは、米国民主主義の智慧であり良心だと書いた。

 独裁者が自らの任期を永遠のものにしようと画策するのは、ロシアやチャイナのようなロクでもない国家だ。そんなことはみんな知っている。運がよければ生きている間に、独裁国家の崩壊過程を目撃することができるかもしれない。今はそれを期待している。

 話を戻そう。今回の顛末を見て思い出した言葉がある。それは「離見の見」という世阿弥の言葉だ。役者は自らが演じる役柄に集中し、それに成りきって演じなければならないが、それだけではダメだと言うのである。同時に観客席から見ているお客の目線で演技を見る、これを「離見の見」と世阿弥は言った。

 政治家やエリートの不祥事を見るにつけ、「発覚しないと本当に信じていたのか」とあまりの幼稚さに愕然とするが、欲望を優先するあまり我が身を振り返ることすら忘れていたのであろう。自らを客観的に見ることができなければ、法令遵守も何もあったものではない。当然どんな結末を迎えるのか、という想像力も働かない。別目線の欠如は想像力の欠如につながるのである。

 世阿弥は、「目前心後」とも言って、「離見の見」と同じ意味で使っている。眼は前を向いているが、心は後ろにおいて置け、ということである。世阿弥はこう続ける。

  「後ろ姿を覚えねば、姿の俗なるところをわきまえず」

 「福岡のドン」の目には己の姿がどのように映っているのであろうか。 以上
#歴史に学ぶ経営

11/08/2026

歴史に学ぶ経営番外編153『友情の協調介入!?』

 日米両政府が約40年ぶりの円安・ドル高を食い止めるため、外国為替市場で異例の協調介入に踏み切った。その甲斐あってか、円相場は一時1ドル155円20銭近辺まで円高・ドル安が進み、トランプ米大統領は今回の協調介入を「友情の証し」だと説明した。しかし、市場関係者でこの言葉通りに受け止めているナイーヴな者は一人もおるまい。当局の思惑とは裏腹に、この原稿を書いている時点で既に158円台まで円安に戻している。

 片山さつき財務相は協調介入を明かした3日の談話の中で「米連邦準備理事会(FRB)の外国・国際通貨当局向け(FIMA)レポ・ファシリティの活用を予定している」と説明した。FIMAレポ・ファシリティは、外国の中央銀行などを対象にしたFRBの資金供給制度。米国債を買い戻し条件付きで一時的に取得し、代わりにドルを供給する。実質的には外国中銀などが保有する米国債を担保にして、米国側がドル資金を貸し出すスキームだ。つまり日銀は、米国債を1ドルも売却することなく、円買い・ドル売り介入が可能になる。

 日本は1.3兆ドル(約200兆円)規模の外貨準備を抱えるが,すべてを自由に使えるわけではない。大半は米国債などの形で保有しており、円買い介入に使おうとすれば、これを売却してドルを手に入れなければならない。米国債の大量売却は、米国債の暴落と米金利上昇を招きかねないが、FIMAレポ・ファシリティを使えば、米国債を市場で売却せずにドルを調達し介入を継続することが可能になる。

 今回、日本側のドル売り・円買いにあわせて、米国側はユーロ売り・円買いを実施した。ドルは1ドルも売っていない。つまり自ら「米国売り」は一切行っていないわけだ。米国債市場やドルの信認を揺るがすことは断じてしない、というのが米国側の姿勢だ。これが彼らのリアリズム(「アメリカ・ファースト」)であり、「友情」の中味だ。

 市場関係者の中には、今回の協調介入を評価し、その効果に期待する声も多い。しかし効果は限定的だと思われる。何故なら国内の産業構造が大きく変わらない限り、円に対する需要が伸びないからだ。円がかつてほど使われない通貨になってしまったのは、経常収支を見れば分かる。経常収支は「貿易・サービス収支」「第一次所得収支」「第二次所得収支」から成ることはご案内の通り。

 暦年のデータを詳しく見ると、2000年代前半までは、経常収支の黒字を支えていたのは貿易・サービス収支の黒字であった。ところが2000年代後半以降は、貿易・サービス収支よりも第一次所得収支の黒字によって経常収支の黒字が支えられてきたことが分かる。これは国内でモノを生産しそれを輸出することで稼ぐというスタイルから、海外拠点の売上によって得られた利益を還元する事で稼ぐスタイルへと産業構造が変化してきたことを示している。

 第一次所得収支が黒字なのはよいことだが、多くが現地で再投資されるため、かつての輸出黒字ほど直接的な円需要には結びつきにくい。つまり円に戻す必要が少ないということだ。円に対する需要が増えなければ円高にはならない。ここはやはり貿易・サービス収支の黒字化拡大しかなかろう。高市政権が狙う17分野を中心とした成長戦略は、方向性としては間違っていない。国内投資の拡大を通じてかつての貿易立国の輝きを取り戻せたなら、円の需要も高まり円安も是正されるかもしれない。しかし円の需要が創造されない限り、当面円安は続くと思われる。 以上
#歴史に学ぶ経営番外編

04/08/2026

歴史に学ぶ経営149 『勤王の功臣か稀代の革命児か!?』

 「最も好きな戦国武将/歴史上の人物は?」といったアンケートで、必ず上位に登場する織田信長。信長人気は戦前も同様に高かったとのことだが、人気の理由は現代とは少し異なるそうだ。戦後は「古い権威や旧体制を壊そうとした革命児」として人気の信長だが、戦前は「勤王の功臣」としての評価が高かったそうだ。革命児のイメージは、司馬遼太郎の『国盗り物語』で創作されたものらしい。

 そもそも織田家歴代当主は信長以前より、地元の熱田神宮や津島神社を篤く崇敬し多大な寄進をしていた。映画「レジェンド&バタフライ」のヒット祈願で熱田神宮を参拝した木村拓哉氏が見学した「信長塀」も勿論そのひとつ。これは永禄三年(1560年)、桶狭間の戦いの大勝に対する御礼として奉納されたものだ。天正八年(1580年)には、皇室の宗廟として崇敬された石清水八幡宮にも「信長塀」と「黄金の雨樋」が寄進され現存している。

 日本では歴史上の偉人が神として祀られる風習がある。徳川家康が「東照大権現」として日光をはじめ各地の「東照宮」に祀られ、豊臣秀吉が「豊国大明神」として「豊国神社」に祀られていることは衆目の知るところである。意外と知られていないのが、京都の船岡山の中腹にある「建勲(たけいさお)神社」に祀られているのが織田信長だということ。明治八年(1875年)に別格官幣社※に列格されたことで、「勤王の功臣」という評価が国家のお墨付きを得たことになる。

 「勤王の功臣」としての信長の功績は、応仁の乱以降荒廃した朝廷への資金援助や神宮式年遷宮の再興等が挙げられるが、それ以上に大きな功績は世界に日本の実力を見せつけたことだ。戦国時代は、世界史で見れば大航海時代だ。スペイン、ポルトガルがその覇権を競い合い、世界中で植民地支配を進めていた頃だ。その流れで種子島にもたらされた火縄銃は、その後日本国内で改良され、瞬く間に質量ともに世界のトップレベルに達した。

 信長はその鉄砲を大量に配備し、天正三年(1575年)長篠の戦いで戦国最強と言われた武田軍を壊滅させる。そして天正六年(1578年)の第二次木津川口の戦いでは、鉄甲船を用いて毛利軍を圧倒する。信長の兵力や戦術などは、ルイス・フロイスら宣教師によって西欧諸国に伝えられたことだろう。日本人の潜在能力の高さと実力を知った彼らが、日本の植民地化に二の足を踏んだことは想像に難くない。

 「こいつに手を出したら、こちらも酷い目に遭いそうだからやめておこう」と思わせることが大事だ。これを「抑止力」という。戦国時代は群雄割拠した武将たちがしのぎを削ることで、戦闘力が高まり戦術が磨かれ、結果として対外的(日本を植民地化しようと企む外国)には抑止力を高めることになった。翻って、現代日本の抑止力はどうか?機能しているのか?信長人気は失われた抑止力に対する無意識の渇望ではないのかとも思える。読者諸賢はどのようにお考えだろうか。  以上

※別格官幣社 
国家や皇室に対し特別の功績があった国史上の人物を祀る国家護持の神社に与えられた戦前の社格
#歴史に学ぶ経営

28/07/2026

歴史に学ぶ経営番外編152 『消費税減税なぜできない!?』

 各社の世論調査で高市内閣の支持率が急落している。原因については、「国民生活から離れた政策の実現を図っているから」との声が聞こえる。個人的にもそれは感じる。国際情勢の不安定化が招いた輸入価格の高騰や品不足によるインフレ圧力で庶民の暮らしは青息吐息だ。前回ブログで書いたように、可及的速やかに消費税減税を実施すべきだ。皇室典範の改正も副首都構想も庶民感覚からすれば優先順位は低い。

 前回選挙であれほど争点となり、かつ各党が公約に掲げた消費税減税実現になぜこれ程時間がかかるのか?財務省の暗躍もあろうが、国民の側にも大きな思い込みがあるのではないか?長きにわたって掛けられてきた洗脳が解けていないのではないか?「このままでは日本の財政は破綻し、子孫に莫大な借金を残すことになる」、「政策的経費は全て税収の範囲内で賄わなければならない(プライマリー・バランスの黒字化)」もしもあなたがそう考えているのであれば、気づかぬうちに洗脳されていると言わざるを得ない。

 この洗脳を解くには、歴史を遡らなければならない。太平洋戦争に敗北した日本は、戦後GHQから様々なものを押しつけられた。目に見える形で現在も残っているのが、「日本国憲法」だ。その裏には、「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(WGIP)」がある。これは日本人の心に国家の罪(戦争犯罪)とその淵源に関する自覚を植え付ける目的で仕掛けられた様々な施策のことだ。

 「憲法9条」は表向き「戦争放棄」という美辞麗句だが、これを実質的に(財政的に)戦争ができない状況にすることを意図して定められたのが「財政法4条」だ。ここには、「国の歳出は、公債又は借入金以外の歳入を以て、その財源としなければならない。」とある。かつて戦費調達のために債券を大量に発行し、それが戦争を拡大させたという反省から、借金をせず、国の予算は税金などで賄えと言う趣旨で定められたわけだ。

 経営者であれば、借入れを全く行わずに自己資金だけで事業拡大を図るのは、まず不可能だと言うことを知っている。経営者でなくても、住宅ローンを組まずにマイホームを手に入れられる人がどれだけいるかと想像すれば分かるはずだ。大きな投資をしようと思えば、借金というレバレッジ(梃子)を上手く利用する必要があるのだ。つまり財務省が掲げる「プライマリー・バランス黒字化目標」とは、将来の発展の芽を摘み取ろうとするものだということに気づかねばならない。

 PB黒字化目標に固執するのは先進国の中でも日本だけだ。そのせいで日本は世界の中で30年間経済成長していない唯一の国になってしまった。デフレ不況から脱却するためには積極財政を行い、GDPの成長が軌道に乗るまでは増税しない。このシンプルな経済原則を日本最高のエリートと言われる財務官僚がなぜ理解できなかったのか。戦後80年経っても、未だにWGIPの洗脳が効いているのだろうか。

 いや、そうではない。30年成果が上がらなかった政策が間違っていたことは誰にでも理解できる。しかし決して自らの間違いを認めようとはしないのがエリートだ。PB黒字化目標を掲げ続ける限り、予算を握った財務省は他の省庁に対して権力を行使することができる。自ら間違いを認めこの旗印を下ろした途端、他の省庁は必要な予算請求が可能になり、彼らは単なる出納係になってしまう。経済音痴の国民と政治家が洗脳状態にあるのをいいことに、出納係に成り下がるのをぬけぬけと免れているのが現在の財務官僚だというのが見立てだ。読者諸賢はどうお考えになるだろうか。 以上
#歴史に学ぶ経営番外編

21/07/2026

歴史に学ぶ経営番外編151 『円安だからこそ!?』

 3つのうち2つしか選択できず、残りの一つは諦めるしかない状況のことを「トリレンマ」という。以前、ダニ・ロドリック教授の「政治的トリレンマ」を紹介した。同教授によれば、昨今の世界情勢は、グローバリゼーションと国家主権、民主主義を同時に追求することを許さず、どれか一つを犠牲にするトリレンマを強いていると言う。

 もうひとつ押さえておくべきトリレンマは「国際金融のトリレンマ」だ。これは①為替相場の安定、②金融政策の独立性、③自由な資本移動、の3つのうち、必ずどれか一つを諦めなければならないというものだ。日本をはじめ多くの先進国が諦めたのは①の為替相場の安定だ。独自の金融政策は内外金利差を生じ、資本移動が自由ならば金利差を狙った資本の流出入が起きて為替相場の変動を招く。(勿論、資本移動は金利差のみによって起こるわけではないが。)

 ②の金融政策の独立性を諦めた代表選手がユーロ圏内の国々だ。自由な資本移動を許しながら為替相場を固定するには金利差があってはならない。このためユーロ圏内の国々は域内金融政策を欧州中央銀行(ECB)に一任し、独自の金融政策は放棄した。

 ③の自由な資本移動を諦めたのがチャイナだ。為替相場の乱高下は避けたい、しかし金融政策の独立性は守りたい。そのため資本移動を制限せざるを得なくなる。これが2016年にIMF(国際通貨基金)の特別引出権バスケットに採用されたにもかかわらず、人民元の真の国際化の足枷になっているのはご案内の通りだ。

 さて、このトリレンマが避けられないとなると日本は①の為替相場の安定を今後も諦め続けねばならないということになる。つまり円相場はコントロールが難しく、そんなことに労力を割くのは得策ではない。はっきり言えば、財務省の為替介入などは「焼け石に水」で、投機への牽制、時間稼ぎ程度の効果しかない。1ドル160円超えが定着して久しいが、ならば円安であることを逆手に取り、メリットに転換することを考えた方がよほど建設的と言うものだ。

 現在、企業も個人もコストプッシュ型インフレに苦しんでいる。もともとの資源高傾向であったところにロシアによるウクライナ侵攻が拍車をかけ、イスラエル・イラン戦争でトドメを刺された格好だ。原材料価格高騰・資材不足が、企業の仕入れコストの上昇を招き、ひいては家計を圧迫している。しかしこのタイプのインフレは70年代のオイルショックで経験しているはずだ。当時、「狂乱物価」と怒号が飛ぶ中、日本は官民を挙げて省エネ技術の開発に邁進し「省エネ大国」と言われるまでになった。

 あの時の危機意識を再び呼び覚まし、エネルギー・食料ともに自給率を上げるための方策を今こそ真剣に検討すべきだ。矛盾だらけの電力行政の見直し、国内農家の保護、耕作放棄地の有効活用等、手をつけるべき課題は山のようにある。何よりすぐ行うべきは税制の見直しだ。前回選挙でチームみらい以外は消費税減税を公約に掲げていたのだから、可及的速やかにこれを実行すべきだ。

 政府が管理する「外国為替資金特別会計(外為特会)」には、大量の米国債などの外貨資金が保有されている。外貨建て資産も、米国の高金利下で保有する外国債券から生じる利息収入も、円安によって円換算価値が大幅に増加している。元財務官僚の高橋洋一氏が言うようにこれを活用しない手はない。この期に及んで財源を口にする政治家は、経済に全く無知か国民をなめきっている財務省の傀儡かのどちらかだ。決して責任感からの発言ではないことに気づかねばならない。 以上
#歴史に学ぶ経営番外編

14/07/2026

歴史に学ぶ経営番外編150 『知性が高いバカ!?』

 今日もネットには様々な事件がアップされている。信じられないような話も多々あり、人間の愚かしさは底なし沼のように底が知れない。中には、誰もが認める「知性」の持ち主が、実に「バカ」としか言いようにない行動を取ることがある。学校の教師が盗撮で逮捕されたり、職を失ったりと言った事例はあとを絶たない。どれだけ高い知性の持ち主でも、こうしたバカなことをしてしまうらしい。それは何故か?

 ある心理学者によれば、「知性」にはふたつのレベルがあるという。ひとつは「アルゴリズム的知性」。物事の意味を理解したり、論理的に思考したりできる知性だ。これは学校では役立つが、実生活においていつも役立つとは限らない。問題にぶつかったとき、常にひとつの正解があることなどめったにないからだ。そこで必要とされるのが、もう一つの知性、「合理的知性」だ。

 こちらは現実の状況を考慮しながら、目標を実現するために意思決定できる知性だ。ここで問われるのは、「理解力」ではなく「意志力」だ。人は状況を理解できているからといって、必ずしも適切な行動を取るわけではない。喫煙のリスクを知りながら、タバコをやめない人がいるのがよい証拠だ。がんのリスクを減らすために自らの意志で禁煙できるのが合理的知性だ。

 このように知性にふたつのレベルがあるため、どんなにインテリであっても、不合理な意思決定や行動をすることがある。報道によればどこかの大学教授が、納入業者に金銭や性的接待を要求して問題になっていたが、これなどはアルゴリズム的知性が高くても、合理的知性が低いことの一例であろう。なるほど、この心理学者の説には賛同できる。

 合理的知性の欠如は、意志力の問題だけでなく、思考の癖にも影響される。そのひとつが「認知バイアス」だ。認知バイアスとは、自らの意思とは無関係に引き起こされる思考上のミス。代表的なものに、「因果と相関の混同」がある。単に相関関係にあるふたつの出来事に因果関係があると思い込んでしまうバイアスだ。A型は真面目、O型は親分肌、B型は変わり者、といった血液型性格診断は科学的には何の根拠もないのに多くの人が信じているのは、認知バイアスの分かり易い例だ。

 さてSNS上には、今日もおバカな事件が満載だ。そんなアホなと呆れるのもよい。自分にはそんなことは考えられない(当てはまらない)と、妙な安心を覚えるのもよい。だが彼の国の賢人も言っている。「人を知る者は智、己を知る者は明なり(老子)」と。次のようなネット広告には注意が必要だ。

 「○○を食べる人は長生きする」
 「成功者の90%が△△をしている」
 「医師の98%が推奨」  etc.

 もしかしたら、あなたの認知バイアスにつけ込む商業的手法かも知れない。他人のバカさ加減には気づいても、自分のことは意外と分からないのが人間だ。是非、「アルゴリズム的知性」で論理の欠陥を見抜き、「合理的知性」でそれらを退けていただきたい。いや、読者諸賢には、「釈迦に説法」でした。お後がよろしいようで。 以上
#歴史に学ぶ経営番外編

07/07/2026

歴史に学ぶ経営番外編149 『数字にコミットする政治!?』

 住んでいる市から特定健診の通知が来た。現役時代は自腹で人間ドックを受診していたが、無料の健康診断にお世話になって早12年。簡単な診断だが、それでも7年前には大腸ポリープが見つかり、ガン化する前に除去していただき事なきを得た。定期的な健康診断はやはり大切だ。

 企業にとっても定期的な経営診断は必要だ。クライアント企業には、決算後に必ず財務分析を行わせていただくことにしている。客観的な数字で会社の状況を判断できる最も基本的な診断だ。読者諸賢の会社でもきっと実施されていると思う。

 財務分析による数字の見方は、我々の健康診断のそれとよく似ている。まずは今年の数字は昨年と比べてどうかという見方だ。売上や利益、利益率や回転率などが昨年よりも良くなっているかどうか。昨年と比較するだけでなく、過去5期分の数字を並べて趨勢確認する。売上は右肩上がりか、それとも下降傾向にあるのか、利益はどうか。暫く眺めていると数字が何かを語り出す。

 趨勢分析をしたら、次は基準値との比較だ。これは利益率や回転率など比率で表されるものについてチェックを行う。健康診断なら、血圧や血中コレステロール、尿酸値などだ。業種毎にこれくらいが適切だという利益率や、健全な会社の○○比率はこれくらいだという基準値があるからそれらと自社のものとを比べてみる。趨勢分析だけでは分からないことが見えてくる。

 最後に気になるのが、同業他社やライバル会社の数字だ。健康診断で同僚のそれが気になるのと同じだ。基準値を逸脱してはいるが、同期のアイツよりはマシだと安心を得たい気持ちは理解できる。しかし企業の場合には、よりシビアに見なければならない。たとえ良い趨勢が認められたとしても、同業他社の方が上回っていれば、まだまだわが社の努力が足りないと言うことになる。

 良好な健康状態を保って長生きしたければ、診断数値をよくするための具体的なアクションを起こすことが必要だ。企業も同様に隆盛を極め、ゴーイング・コンサーンとしての役割を果たそうと思えば、経営目標にコミットしなければならない。当たり前の話である。

 個人、企業と見たが、国はどうか? 国としての成長を判断する指標のひとつに名目GDPがある。1990年代初頭のバブル崩壊以降は、約30年間にわたり500兆円台で長期低迷してきた。直近はインフレと経済対策により水準を切り上げ、2025年には669兆9702億円と5年連続で過去最高を更新した。これだけ(趨勢分析)見ると好調のようにも思える。

 しかし他国と比較すると、好調に見える名目GDPはドイツに抜かれ4位に転落。国民一人当たり名目GDPはOECD加盟国38カ国中24位。就業者一人当たり労働生産性は同28位と共にG7の中では最下位の成績だ。個人であれば、ドクターから、「最近の頑張りは認めるけど、他のメンバーはもっと努力しているよ。もう一段の工夫が必要だね。」と言われそうな状況だ。

 自分の健康診断結果は当然自分に責任がある。企業業績については経営者に、国家の経済成長については一義的には政治家だろう。高市首相は、自身の経済政策(サナエノミクス)の核心として、2040年度までに官民370兆円超の投資計画(「戦略17分野・62品目」)や「逃げない投資」の複数年度コミットなど様々な政策パッケージを打ち出している。企業経営では結果が数字で評価されるように、政治もまた理念だけではなく成果目標を数字で示し、その結果について国民の審判を受けるべきである。「数字にコミットする政治」こそ、これからの日本に最も求められる政治姿勢ではないだろうか。高市氏が「ゲームチェンジャー」となって日本を発展させてくれることを大いに期待している。 以上
#歴史に学ぶ経営番外編

30/06/2026

歴史に学ぶ経営番外編148『歪なメディアの構造!?』

 TVのワイドショーを見ていて、いつも思うことがある。これらの番組は、ポピュリズムを助長するのではないかという疑念だ。ここで言うポピュリズムとは、複雑な政策課題を単純化し、感情的な訴えによって支持を集める政治的手法を指す。(正直に言えば、疑念と言うより確信に近いが)特に3つの問題点を指摘し、警鐘を鳴らしてみることにする。

 第一に、テレビ番組には視聴率という経済的制約がある。複雑な政策や外交問題を数分で解説することは難しく、どうしても「善悪」「勝敗」「怒り」といった感情に訴える構成になりがちだ。経済学者や外交官が「状況によるが」「長期的には」と詳細に説明するよりも、「政府は間違っている」「○○は許せない」と断言するコメントの方が視聴者の関心を引きやすいのは確かだ。

 第二に、専門家の選択そのものに偏りが生じる可能性がある。番組制作者には編集権があり、自らの番組方針や視聴者層に合う論者を選ぶこと自体は自由だ。しかし、特定の立場の専門家ばかりを招けば、視聴者は「あたかも専門家の総意である」と受け止めてしまう危険がある。反対意見や異なる学説が十分紹介されなければ、多面的な判断が難しくなることは言うまでもない。

 第三に、出演者の固定化という問題がある。同じコメンテーターが政治、外交、経済、教育、事件・事故まで幅広く論評する光景は珍しくない。これは「専門家」としてではなく、「とにかく話せる人」が重用されている結果だ。専門性よりも知名度や話術が優先されるため、議論が表面的になりやすいという批判は以前からあった。加えて専門家同様、編集方針に沿ったコメントをする者が重宝がられるのは想像に難くない。

 こうした現象は、政治学でいう「アジェンダ・セッティング(何を重要な問題として扱うかをメディアが決める効果)」や「フレーミング(同じ事実でも提示の仕方によって受け手の印象が変わる効果)」として研究されるテーマにも繋がる。つまり、メディアは「何を考えるべきか」だけでなく、「どう考えるべきか」にも少なからず影響を与えている訳だ。

 勿論、「すべてのメディアが意図的に世論を誘導している」と主張するつもりはない。実際には、局ごと・番組ごとに編集方針は異なり、時間や予算、視聴率競争といった現実的制約もあるだろう。また、新聞・テレビだけでなく、SNSや動画配信も同様に、利用者が自分と近い意見ばかりを見る「エコーチェンバー」や「フィルターバブル」を生みやすく、偏りはテレビだけの問題ではない。従ってポピュリズムを防ぐためには、メディア側には、①異なる立場の専門家をバランスよく起用すること、②意見と事実を明確に区別すること、③複雑な問題を単純な善悪論に還元しないこと、が求められる。

 一方、視聴者にも、一つの番組や一人のコメンテーターだけで判断せず、複数の情報源や一次資料に当たる姿勢が求められる。民主主義において重要なのは、「誰が話したか」ではなく、「その主張はどのような根拠に基づいているか」を評価することだ。メディアが感情や印象を優先し、視聴者がそれを無批判に受け入れる状況が広がるならば、それは確かにポピュリズムを生み出しやすい土壌になる。実は最も大切なものは、われわれ受け手の情報リテラシーなのだということを肝に銘じておく必要がある。 以上
#歴史に学ぶ経営番外編

23/06/2026

歴史に学ぶ経営番外編147『日本文明・文化の背骨?』

 今国会では皇室典範改正に向けた議論が進んでいる。主要論点は、旧宮家の男系男子による皇籍復帰と女性皇族が結婚後も皇族身分を保持することのふたつだ。背景にあるのは、皇族数の減少という現実と、安定的な皇位継承をいかに維持していくか、という問題である。発端は、小泉純一郎内閣下の平成17年11月に設置された「皇室典範に関する有識者会議」である。

 当時の構想は、愛子内親王殿下を将来的な皇位継承者とし、殿下が将来民間人と結婚し、その間に生まれたこどもについても皇位継承資格を認める方向が想定されていた。つまり従来の男系継承原理そのものを変更しようという内容であった。しかしその翌年、秋篠宮家に悠仁親王殿下が誕生され、皇位継承原理そのものを変更しようとする動きは沈静化する。

 その後も紆余曲折はあったが、現在の議論は冒頭に示したふたつが柱だ。6月22日に衆参正副議長が了承した骨子案は次の通り。①女性皇族は結婚後も皇族の身分を保持する。経過措置として、施行時の女性皇族は意思に基づき結婚と同時に皇族の身分を離れられる。②旧宮家の男系男子が養子として皇族になる場合、15歳以上であり配偶者及び子がないものに限る。養子は皇位継承資格を有しない。

 加えて、皇族数の確保の状況などを勘案し、必要があると認められるときは30年ごとに見直しをする、というものだ。今回の改正案については、個人的には概ね賛成だ。皇位継承原理を変更するものではないからだ。現行制度では、皇位継承順位は秋篠宮皇嗣殿下、悠仁親王殿下と定められており、有識者会議もこの継承秩序を前提としている。

 ところが巷では、「愛子天皇待望論」が沸騰している。女性天皇と女系天皇の違いが十分に理解されないまま議論が進むことで、問題の本質が見えにくくなっている面は否めない。更に一部週刊誌などは「愛子様か悠仁様か」という構図を煽る報道までしており、全く以て不敬この上ない。愛子内親王殿下が聡明で人柄もよいという評価自体は素晴らしいことだ。だが、皇位継承は人気投票ではない。「男系血統」が唯一の皇位継承原理なのだ。先人達は2千6百年を超える歴史の中でそれを守り続けてきた。

 日本の皇統は、世界でも稀有な長期的連続性を持つ。時の権力者が入れ替わっても、天皇の権威が揺らぐことはなかった。それは、血統の継続こそが「正統性」を支える基盤であったからだ。安易な感情論によって、この正統性を揺るがすべきではない。日本文明・文化の背骨ともいえる皇室の在り方を、私たちの世代で軽々しく変えてはならない。

 述べて作らず、信じて古(いにしえ)を好む(『論語』述而) 

 先人が守り抜いてきた原理を尊重しつつ、現代にふさわしい制度を整えることこそ、私たちに求められている姿勢ではないだろうか。 以上
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