09/05/2026
一番弟子が3年前に自死で亡くなっていたと昨日知った。急いで昔の職場の同僚と共に線香を上げるため、彼の実家を尋ねる。田舎の広い家に彼の母親ひとりで住んでいた。彼は結婚していて伴侶と子供が二人おり、賑やかな家庭だったはずだ。しかし、彼の法要が済んで嫁さんが子どもたちを連れて家を出たため、お母さんだけが残されたという。事情に一定の理解はできてもお母さんが気の毒でならない。
仕事で嫌がらせされて鬱状態に陥り、一人になった夜の仕事場で彼は生命を絶ったとお母さんは涙を流しながら話してくれた。そこまで追い詰められていた本当の理由はひとつだけじゃない気もするが、本当のことはもう誰にも分からない。お母さんは何度か会社を辞めることを彼に勧めても本人は責任感からかそれをしなかった。できなかったのかもしれない。
彼に仕事を教え込んだのは2001年ぐらいから6年ほど。金属の超精密研磨技術、シリコンウェハーの超精密平行基板の作り方も教えた。トラブル原因究明のため一緒に徹夜したこともあった。展示会に出展して一緒にブースに立ったこともある。彼と過ごした仕事の思い出すべてが懐かしく、そして今は切ない。
死の一線を越えるには非常に勇気が必要だと思われがちだが、実はそんなことはない。ストイックな人には特に何かの拍子に死への恐怖や、遺族のことを忘れてしまうほど視野が狭くなる「死へ誘う波」がふっとやって来る瞬間がある。しかし、そのタイミング時に誰か同僚や友達と一緒にいるとか、それに囚われないほど他の趣味に熱中してるとか、正気に引き戻す因子がその場にあると、その死の一線を越えずに済む。彼はその「死の波」が来た時に無防備に独りでいる事を選択してしまったのだ。
お母さんは亡くした息子のことを話す時に泣いていた。悲しさより息子を守れなかった悔しさから来ているように感じた。自分も似た経験をしているから痛いほどそれが伝わってくる。
彼の墓前で手を合わせ、線香を上げた。「お前、なんてことしてくれたんだ、お母さん泣いてるぞ・・・」墓にそう呟く。私は自分の生活を立て直すことに苦戦して何度かそんな「死への波」が身近にあることを感じたし「楽になろうよ」という甘い誘いが聞こえたこともある。それでも遠くにいる同僚や仲間、友人が苦労しても暮らしていることを思い起こしてもう少し頑張ってみようという気にさせてくれたのだ。死んだ彼もその中の1人だったのに悔しい。
風は強いが天気が良く空気も澄んでいる。筑波山もはっきり見えて新緑が目に滲んだ。