みらいデザイン

みらいデザイン 個別カウンセリングサービスを提供しています

産業カウンセリングとキャリアカウンセリングを中心にカウンセリングを行っています。

産業カウンセリングは産業カウンセラーとして、働き人のメンタルヘルスケアを行って
おりますが、最近はリストラに伴う退職者のメンタル対応にも力をいれていきます。

キャリアカウンセリングは長年企業での採用活動に従事した経験とカウンセリング・
スキルを用いて、就活支援、再就職支援、早期退職防止などを行います。

16/09/2024

エッセイ「人生万事塞翁が馬」 最終

このことがきっかけで、私はクラスの輪の中にいれてもらえるようになったのである。
人生万事塞翁が馬。その後の私の人生が順風満帆であったわけでは決してない。
ただ、一度、このように栄光と挫折を経験した人間は好調時には自分を戒め、不調時には目の前の仕事を淡々とこなすことに没頭して、次の好調期を待つことを学んだ。
次の登板、打席が回ってくるのを信じて。
還暦を前にして、もう一度、私はマウンドに上がれる日が来るのだろうか。その日が来るのを信じて、五十肩を治しておかなければ。
人生の最後のマウンド、自分で締めくくりもう一度胴上げ投手になることを夢見て。

16/09/2024

エッセイ「人生万事塞翁が馬」 その8

さすがに相手は優勝候補。事前にこっちを研究して、投手の足元の守備が弱点とにらみ徹底したセーフティバント作戦を繰り広げ、2点をとられ、私は降板した。なお、打線が奮起してくれたおかげで同点に追いつき、日没引き分け再試合となった。
再試合の決勝戦は全校生徒が見守る中、守備の上手なY君をサード前に守らせ、ことごとくセーフティバントをアウトにした。打線も五点を取り、私は意地の完封。マウンド上で胴上げ投手となった。地獄から天国である。
もし、私が守る右中間に打球が飛んでこないまま大会を終えていたら、私はどんなに惨めな人生だったんだろうと思う。(続く)

16/09/2024

エッセイ「人生万事塞翁が馬」その7

このピッチャーというポジションをもっとも意気に感じ、練習に励んだのはほかならぬ私であった。
遅い球はもっと遅く、高低、内外を、コントロール投げ分け、プレートを踏む場所を打者によって変えるなど試行錯誤を行い、日没の後も投球練習を続けた。
コンバートをしてくれたFキャプテンや練習に付き合ってくれた友人Y君の気持ちに報いるために。生まれて初めて必死に取り組んだ
夏休みが明け、試合本番。トーナメント初戦は練習試合で大敗した同じクラスのAチーム。AチームのMキャプテンはマウンド上の私を見て、驚きながらもにやにや笑っていたが、結果は8対1の大勝。その後も勝ち進んだ五組Bチームは、決勝戦で2組Aチームと激突することになった。(続く)

16/09/2024

エッセイ「人生万事塞翁が馬」 その6

「お前、ほんまにどこも守られへんのやったら、いっちょピッチャーでもやってみるか」
私は実は少しピッチャーをやってみたいと思っていた。小さい頃から父親にボウリングに連れて行ってもらっていたので、下からボールを投げるのに慣れていた。ボールの大きさも重さもまるで違っていたが。
この投手へのコンバートで私にチャンスの神様が突然、雲間の切れ間から顔を覗かせた。
投球練習では初めはひょろひょろではあったが、ストライクは入ったので正式にコンバートとなった。
ハエが止まるようなスローボールを相手打者は打撃練習のようにバットを振り回し、鋭い打球がグラウンドを襲ったが、引っ張りの打球がほとんどだったので、ショート、サード、レフト、センターに優秀な選手を配し、ファインプレイを連発して無得点に抑えられるようになった。(続く)

16/09/2024

エッセイ「人生万事塞翁が馬」 その5

試合の途中、ふらふらと右中間に上がったフライは他の誰でもなく私の頭上に飛んできた。私が捕るしかない。みんなに見返したい気持ちもあった。
しかし、打球はバンザイした私のグラブを当たることもなく、フェンスまで転々と転がり。バッターランナーは生還してしまった。
相手のMキャプテンは腹を抱えて笑い、我がチームのFキャプテンは文字通り、サード塁上で頭を抱えていた。チームは大敗した。
大敗の原因は急造ピッチャーの制球不足。。ストライクが入らず、真ん中に入ったら痛打されては大敗するのも無理はないと私は分析していた。自分の拙守を棚に置いて何だけど。
チームには、野球経験者は何人かいたが、ソフトボールの投手のような下手投げの経験者がいなかった。
当時は王・長嶋全盛時。ピッチャーはあまり人気もなく、なり手もなかった。。
そこでFキャプテンはひらめいた。(続く)

12/09/2024

エッセイ「人生万事塞翁が馬」 その4

なお、じゃんけんはM君が勝ち、手を上げて喜び反対にF君はうなだれた。私はドナドナの子牛のようにF君率いる5組Bチームの一員にいれてもらった。
夏休みに入り、チーム練習が始まった。
まずポジション決め。Bチームは十二人在席の大所帯。Fキャプテンに「ぼく、どないしたらいい?」とおずおずと尋ねると、「みんなの邪魔にならんところにいてくれるか」というそっけない返事。
邪魔にならん所を自分なりに考え、初めはライトのポールの下にぽつんと立っていたが、打球も飛んでこず、あまりにも寂しかったので、こっそり右中間の深いところに移動した。
5組Aチームとの練習試合。もちろん誰も私の行動に見向きもしていなかったが、不運とはこういう時に訪れる。(続く)

12/09/2024

エッセイ「人生万事塞翁が馬」 その3

小学校も五年生となると異性を意識し始める時期。好きな女子の一人もいた。私の場合、三人いた。皆、妄想の中の将来のお嫁さん候補だった。ロングヘアのKさん、ショートヘアのTさん、女子リーダー格のSさん。夢の中で一人ひとり、台所に立ってもらい、お嫁さんオーディションを行った。
その意中の三人の美少女もこの教室の中で一人だけ立たされてる私を注目しているはずだった。「僕を見ないで」。恥ずかしくて顔もあげることすらできずただ下を見ていた。
今まで呼ばれなかったことに、その前に呼ばれなかったこと自体、存在そのものが、転校してきて間もなかったとは言え、完全に忘れられていなかった自分がすぐにでも消えてなくなりたかった。
私の切迫した気持ちを知ってか知らずか、二人はのんびりとした節回しで、「いーるか、いらんか、じゃんけん、ほい!」
「いるか、いらんか?」とは負けた方のチームに引き取られるってこと?買った方が拒否権を発動できるらしい。子どもなりに私の自尊心はずたずたになった。(続く)

12/09/2024

エッセイ「人生万事塞翁が馬」その2

ドラフト会議は両キャプテンが、順番に男子を指名する方式、呼ばれた子は黒板に名前が書かれていった。
両チームともキャプテンを除く9名ずつが選ばれた時点でM君がおもむろに「まだ呼ばれておらんやつ立ってくれるか」と言った。
教室の雰囲気が一瞬ざわついた。
私と他二名がおずおずと被告人のように立ち上がった。恥ずかしくて顔を上げることができなかった。あとの二人も同じようだった。
そんな立たされている側の心境など露知らず、両キャプテンは顔を見合わせた結果、私以外の二名を指名。二人は心底ほっと胸をなでおろしたように座った。
教室で立たされているのは私だけになった。(続く)

12/09/2024

エッセイ「人生万事塞翁が馬」 その1

昭和四十八年九月、父の仕事の都合で転校先のN市立K小学校では5年生の時に校内ソフトボール大会でのお話である。
この大会ではクラスの男子全員で2チームを構成する。
我が五組は四十五人、うち出場予定の男子の人数は二十三人、したがって十二人のチームと十一人のチームに分かれることになる。
つまり、このルールは教育上の目的はともかく、チーム勝利への戦略上、チームに下手な子が増えるほど、打席のアウトと守備のエラーが増えるため、足手まといになり、「精鋭」によるチーム編成が勝利の条件であった。
五年生の六月のある日、クラスルームの時間を使って「運命のチーム分け」を行うことになった。席替え以上の一大イベントだ。
はじめにリトルリーグ経験者のM君とF君の2名がキャプテンに選ばれ、クラスの女子全員が見守る中、両キャプテンによる「ドラフト会議」が始まった。(続く)

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