27/04/2026
オーストラリアで施行された16歳未満のSNS利用制限、そして日本でも進みつつある未成年規制の議論を見ていると、私は少し奇妙な逆説を感じます。子どものSNS利用を制限しようとする議論そのものには一定の合理性があるとしても、その議論を設計する側が、そもそもSNSを本来の意味で使いこなしているとは言い難いからです。
本来SNSとは、個人と個人が関係を育てるための「ソーシャル」な場であったはずです。ところが現実には、政治の発信も、企業の発信も、多くは整えられた広報文に収斂し、対話より告知が優先されている。少し意地悪に言えば、対話の場であるはずの空間が、巨大な電子看板になりつつあるわけです。その状況を前提にしながら「子どもには危ういから規制を」と言われると、問題は子どもだけではなく、私たち大人が作ってきた情報環境そのものにあるのではないか、と考えたくもなります。
この構図は、不思議なほど歯科医療の情報発信にも似ています。
ここ数年、歯科医院のSNS活用は急速に一般化しました。もちろん、それ自体は時代に即した自然な変化でしょう。ただ、そこに流れてくる情報を眺めていると、時に医療というより「医療を素材にしたマーケティング」のように見える瞬間がある。メインテナンスは定型商品として語られ、症例は結果のビジュアルとして消費され、医院の価値は価格や空間演出と並列で比較される。
もちろん、経営は現実であり、集客も必要です。しかし、本来マーケティングは医療に従属するべきものであって、その逆ではないはずです。ところが両者の主従がひっくり返るとき、静かに失われるものがある。
それは、診断であり、評価であり、リスクの見立てであり、時間をかけた介入設計という、医療の中核にある知的プロセスです。
考えてみれば、歯科医療の価値とは、もともと「見えにくい部分」に宿るものです。だからこそ難しく、だからこそ専門性がある。ところが今のSNSは、その最も重要な見えにくい部分を飛ばし、結果だけを流通させやすい。そこに私は少し危うさを見るのです。
それは知の切り売りに近い。
しかも、この構造は患者側の評価行動にも影響しているように思えます。
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SNS時代に、歯科医院は何を発信すべきか――エビデンスと公益の聖域を守るための視点 インフォメーション | 歯科 開業のコンサルブログ | 2026年4月27日 オーストラリアで施行された16歳未満のSNS利用制限、そして日本でも進...