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子曰、其身正、不令而行。其身不正、雖令不從。 子(し)曰(いわ)く、其(そ)の身(み)正(ただ)しければ、令(れい)せずして行(おこな)わる。其の身正しからざれば、令すと雖(いえど)も従(したが)われず。伊與田覺先生の解釈です。先師が言われ...
02/09/2026

子曰、其身正、不令而行。其身不正、雖令不從。

子(し)曰(いわ)く、其(そ)の身(み)正(ただ)しければ、
令(れい)せずして行(おこな)わる。
其の身正しからざれば、
令すと雖(いえど)も従(したが)われず。

伊與田覺先生の解釈です。
先師が言われた。
「上にある者が、正しければ、命令しなくともよく行われ、正しくなければ、どんなに厳しい命令を下しても、民はついてくるものではない。」

渋沢栄一先生の「論語講義」からの抜粋です。
為政者は法律を守るのと同時に、人としてあるべき道を尊重し、身をもって模範を示さなければならない。そうでないと、人々からの攻撃の目標になってしまい、政治がまっとうすることが出来なくなってしまう。

どこぞの国の政治を言われているような気がします。
政治だけでなく、会社経営も同じであることを肝に銘じます。

顏淵問仁。子曰、克己復禮爲仁。一日克己復禮、天下歸仁焉。爲仁由己。而由人乎哉。顏淵曰、請問其目。子曰、非禮勿視、非禮勿聽、非禮勿言、非禮勿動。顏淵曰、回雖不敏、請事斯語矣。顔淵(がんえん)仁(じん)を問(と)う。子(し)曰(いわ)く、己(お...
30/07/2026

顏淵問仁。
子曰、克己復禮爲仁。
一日克己復禮、天下歸仁焉。爲仁由己。
而由人乎哉。
顏淵曰、請問其目。
子曰、非禮勿視、非禮勿聽、非禮勿言、非禮勿動。
顏淵曰、回雖不敏、請事斯語矣。

顔淵(がんえん)仁(じん)を問(と)う。
子(し)曰(いわ)く、己(おのれ)に克(か)ちて礼(れい)に復(かえ)るを仁と為(な)す。
一日(いちじつ)己に克ちて礼に復れば、天下仁に帰(き)せん。
仁を為すは己に由(よ)る。
而(しこう)して人(ひと)に由らんや。
顔淵曰く、其(その)目(もく)を請(こ)い問(と)う。
子曰く、非礼(ひれい)視(み)ること勿(な)かれ、非礼聴(き)くこと勿かれ、非礼言(い)うこと勿かれ、非礼動(うご)くこと勿かれ。
顔淵曰く、回(かい)不敏(ふびん)なりと雖(いえど)も、請(こう)斯(この)語(ご)を事(こと)とせん。

伊與田覺先生の解釈です。  
顔淵が仁の意識を尋ねた。先師が答えられた。
「私利私欲に打ち勝って、社会の秩序と調和を保つ礼に立ち戻るのが仁である。
たとえ一日でも己に克って礼に帰れば、天下の人もおのずから仁になっていく。
その仁を行うのは、自らの意思によるべきで、他人のたすけによるべきでない」
顔淵が更に尋ねた。「それではその仁の実践についての方法をお教えください」
先師が答えられた。「礼にはずれたことは視ないように、礼にはずれたことは聴かないように、礼にはずれたことは言わないように、礼にはずれたことは行わないようにすることだ」
顔淵は言った。「私はまことに至らぬ者でございますが、今お教えくださいましたお言葉を一生かけて実行していきたいと存じています」

渋沢栄一先生の「論語講義」からの抜粋です。
「人間が自分の私心や欲望に打ち克って、その言葉や行動が礼儀作法や社会秩序に丁度よい塩梅でかなうのが仁になる。」と言われています。
ただ、理性による知恵と感情のバランスがよく取れる人は少なく、喜怒哀楽、愛しさ、憎しみ、欲望の七つの感情に目がくらまされ、仁が忘れさられてしまう。
普段から克己復礼を心がける必要をおっしゃっています。

孔先生の活動が垣間見れる思いがします。
仁のある家、仁のある組織、仁のある社会、の実現の為、弟子たちに伝え、広げて行かれたのかなと思います。
私自身も中庸にも通じるバランスの取れる人間を目指したいとも思います。

子曰、論篤是與、君子者乎、色莊者乎。 子(し)曰(いわ)く、論(ろん)の篤(あつ)きに是(これ)与(く)みせば、君子(くんし)者(しゃ)か、色荘(しきそう)者(しゃ)か。 伊與田先生の解釈です。先師が言われた。「弁論がしっかりとしているとい...
01/07/2026

子曰、論篤是與、君子者乎、色莊者乎。

子(し)曰(いわ)く、
論(ろん)の篤(あつ)きに是(これ)与(く)みせば、
君子(くんし)者(しゃ)か、
色荘(しきそう)者(しゃ)か。

伊與田先生の解釈です。
先師が言われた。
「弁論がしっかりとしているというだけで判断したのでは、真の君子かうわべを飾るにせ者か分からない」

渋沢栄一先生の「論語講義」からの抜粋です。
立派な議論も、結構な企画も一向に実行せず、世間から募った資金は自分の生活費に消えて終わってしまうような者が、往々にしている。
先生は、「視、観、察」の章を引用しています。
「その以(な)す所を視(み)、その由(よ)る所を観(み)
、その安(やす)んずる所を察(さつ)す」
行動を観察し、動機を考え、どんな結果に満足するのか、
わたくしも大事にしている視点です。

大宰問於子貢曰、夫子聖者與。何其多能也。子貢曰、固天縱之將聖。又多能也。子聞之曰、大宰知我乎。吾少也賤。故多能鄙事。君子多乎哉、不多也。牢曰、子云、吾不試、故藝。大宰(たいさい)、子貢(しこう)に問(と)いて曰(いわ)く夫子(ふうし)は聖者...
02/06/2026

大宰問於子貢曰、夫子聖者與。何其多能也。
子貢曰、固天縱之將聖。又多能也。
子聞之曰、大宰知我乎。吾少也賤。
故多能鄙事。君子多乎哉、不多也。
牢曰、子云、吾不試、故藝。

大宰(たいさい)、子貢(しこう)に問(と)いて曰(いわ)く
夫子(ふうし)は聖者(せいじゃ)か。何(なんぞ)其(それ)多能(たのう)なるや。
子貢、曰く、固(もと)より天(てん)、之(これ)を縦(ゆる)して将(まさ)に
聖(せい)ならんとす。又(また)多能(たのう)なり。
子(し)之を聞(きき)て曰く、大宰(たいさい)は我(われ)を知(し)るか。
吾(われ)少(わか)くして賤(いや)し。故(ゆえ)に鄙事(ひじ)に多能(たのう)なり。
君子(くんし)は多(た)ならんや、多ならざるなり。牢(ろう)曰く、子云(い)う、
吾試(もち)いられず、故(ゆえ)に芸(げい)あり、と。

伊與田覺先生の解釈です。
大宰(呉の大臣か)「孔先生は聖人なのでしょうか。何という多能な方でありましょうか」
子貢はそれに対して言った。
「勿論天が生まれながらに聖人となることを許しているのです。しかもその上に多能でもあられます」
先師はこれを聞かれて言われた。
「大宰は私をよく知っているものであろうか。
私は若い頃、地位も低く貧しかったので、つまらないことがいろいろ出来るのだ。
君子は多能であることが必要だろうか。いや多能なことなどいらない」

渋沢先生の講義からの抜粋です。
そもそも「多能」が、つまり、何でもかんでもこなせるというのは、聖人の本道でないとしても、それが出来るくらいの様々な経験がある人でないと、本当の聖人にはなれないものだ。
経験が無いと、知恵や才覚に乏しく、世間の競争にも耐えられず、右肩下がりの道を歩むしかなくなってしまう。

やはり、経験は重要な環境整備と考えます。
省みた時、自らの周りも、社会全体も、経験(失敗)がし難い環境を憂います。
自らの周りだけでも、環境整備は試みているつもりです。

子曰、民可使由之。不可使知之。 子(し)曰(いわ)く、民(たみ)は之(これ)に由(よ)らしむ可(べ)し。之を知(し)らしむ可からず。 伊與田覺先生の解釈です。先師が言われた。「民は徳によって信頼させることはできるが、すべての民に事実を知らせ...
07/05/2026

子曰、民可使由之。不可使知之。

子(し)曰(いわ)く、
民(たみ)は之(これ)に由(よ)らしむ可(べ)し。
之を知(し)らしむ可からず。

伊與田覺先生の解釈です。
先師が言われた。
「民は徳によって信頼させることはできるが、すべての民に事実を知らせることはむずかしい」

渋沢先生の講義からの抜粋です。
孔子がもし、今日の明治に生まれたなら、「民衆には施政方針を知らせるべきであり、自立させるべきだ(民は知らしむべし、由らしむべからず)と必ずおっしゃるに違いない。その言葉というのは、その言葉が述べられた時代を見なければならない。
と言われています。

安岡先生の書籍からも、お世話になった先生方のWEBでも、為政者は、尊敬され信頼されるべきであり、孔子が専制的な物言いは考えにくく、その時代背景から、為政者は、民から信頼され、詳細が理解されないとしても、善政を行い、徳治主義により幸福な生活の場を作ることであると考えます。先日、時の大臣と会食する機会があり、切に感じました。

述而第七 3 子曰德之不脩章 子曰、德之不脩、學之不講、聞義不能徙、不善不能改、是吾憂也。 子(し)曰(いわ)く、徳(とく)の脩(おさ)まらざる、学(がく)の講(こう)ぜざる、義(ぎ)を聞(き)きて徙(うつ)る能(あた)わざる、不善(ふぜん...
06/04/2026

述而第七 3 子曰德之不脩章

子曰、德之不脩、學之不講、聞義不能徙、
不善不能改、是吾憂也。

子(し)曰(いわ)く、徳(とく)の脩(おさ)まらざる、
学(がく)の講(こう)ぜざる、義(ぎ)を聞(き)きて徙(うつ)る能(あた)わざる、
不善(ふぜん)の改(あらた)むる能(あた)わざる、
是(こ)れ吾(わ)が憂(うれ)いなり。

伊與田先生の解釈です。
先師が言われた。「徳が身に付かないこと、学が究められないこと、
正しい道を聞いても行うことができないこと、
悪い行いを改めることができないことの四つ
が、常に私の心をいためるこのである」

渋沢先生の講義からの抜粋です。
もともと人の本性は善であるが、一たび七つの感情(人には七つの感情があって、
喜び、怒り、哀しみ、楽しみ、愛しさ、憎しみ、欲望という感情に動かされる)が
起こって、そこから私心が生じてしまうと、是非や善悪の批判力を失ってしまうからだ。
と言われています。

意、執、固、我を思い出しました。
子罕第九 4の、「先師は、常に私意、執着、頑固、自我の四つを絶たれた。」
物事を判断する際は、感情に支配されず、「意、執、固、我」を意識して、
事にあたる意思を強く持ちたいものです。

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