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大宰問於子貢曰、夫子聖者與。何其多能也。子貢曰、固天縱之將聖。又多能也。子聞之曰、大宰知我乎。吾少也賤。故多能鄙事。君子多乎哉、不多也。牢曰、子云、吾不試、故藝。大宰(たいさい)、子貢(しこう)に問(と)いて曰(いわ)く夫子(ふうし)は聖者...
02/06/2026

大宰問於子貢曰、夫子聖者與。何其多能也。
子貢曰、固天縱之將聖。又多能也。
子聞之曰、大宰知我乎。吾少也賤。
故多能鄙事。君子多乎哉、不多也。
牢曰、子云、吾不試、故藝。

大宰(たいさい)、子貢(しこう)に問(と)いて曰(いわ)く
夫子(ふうし)は聖者(せいじゃ)か。何(なんぞ)其(それ)多能(たのう)なるや。
子貢、曰く、固(もと)より天(てん)、之(これ)を縦(ゆる)して将(まさ)に
聖(せい)ならんとす。又(また)多能(たのう)なり。
子(し)之を聞(きき)て曰く、大宰(たいさい)は我(われ)を知(し)るか。
吾(われ)少(わか)くして賤(いや)し。故(ゆえ)に鄙事(ひじ)に多能(たのう)なり。
君子(くんし)は多(た)ならんや、多ならざるなり。牢(ろう)曰く、子云(い)う、
吾試(もち)いられず、故(ゆえ)に芸(げい)あり、と。

伊與田覺先生の解釈です。
大宰(呉の大臣か)「孔先生は聖人なのでしょうか。何という多能な方でありましょうか」
子貢はそれに対して言った。
「勿論天が生まれながらに聖人となることを許しているのです。しかもその上に多能でもあられます」
先師はこれを聞かれて言われた。
「大宰は私をよく知っているものであろうか。
私は若い頃、地位も低く貧しかったので、つまらないことがいろいろ出来るのだ。
君子は多能であることが必要だろうか。いや多能なことなどいらない」

渋沢先生の講義からの抜粋です。
そもそも「多能」が、つまり、何でもかんでもこなせるというのは、聖人の本道でないとしても、それが出来るくらいの様々な経験がある人でないと、本当の聖人にはなれないものだ。
経験が無いと、知恵や才覚に乏しく、世間の競争にも耐えられず、右肩下がりの道を歩むしかなくなってしまう。

やはり、経験は重要な環境整備と考えます。
省みた時、自らの周りも、社会全体も、経験(失敗)がし難い環境を憂います。
自らの周りだけでも、環境整備は試みているつもりです。

子曰、民可使由之。不可使知之。 子(し)曰(いわ)く、民(たみ)は之(これ)に由(よ)らしむ可(べ)し。之を知(し)らしむ可からず。 伊與田覺先生の解釈です。先師が言われた。「民は徳によって信頼させることはできるが、すべての民に事実を知らせ...
07/05/2026

子曰、民可使由之。不可使知之。

子(し)曰(いわ)く、
民(たみ)は之(これ)に由(よ)らしむ可(べ)し。
之を知(し)らしむ可からず。

伊與田覺先生の解釈です。
先師が言われた。
「民は徳によって信頼させることはできるが、すべての民に事実を知らせることはむずかしい」

渋沢先生の講義からの抜粋です。
孔子がもし、今日の明治に生まれたなら、「民衆には施政方針を知らせるべきであり、自立させるべきだ(民は知らしむべし、由らしむべからず)と必ずおっしゃるに違いない。その言葉というのは、その言葉が述べられた時代を見なければならない。
と言われています。

安岡先生の書籍からも、お世話になった先生方のWEBでも、為政者は、尊敬され信頼されるべきであり、孔子が専制的な物言いは考えにくく、その時代背景から、為政者は、民から信頼され、詳細が理解されないとしても、善政を行い、徳治主義により幸福な生活の場を作ることであると考えます。先日、時の大臣と会食する機会があり、切に感じました。

述而第七 3 子曰德之不脩章 子曰、德之不脩、學之不講、聞義不能徙、不善不能改、是吾憂也。 子(し)曰(いわ)く、徳(とく)の脩(おさ)まらざる、学(がく)の講(こう)ぜざる、義(ぎ)を聞(き)きて徙(うつ)る能(あた)わざる、不善(ふぜん...
06/04/2026

述而第七 3 子曰德之不脩章

子曰、德之不脩、學之不講、聞義不能徙、
不善不能改、是吾憂也。

子(し)曰(いわ)く、徳(とく)の脩(おさ)まらざる、
学(がく)の講(こう)ぜざる、義(ぎ)を聞(き)きて徙(うつ)る能(あた)わざる、
不善(ふぜん)の改(あらた)むる能(あた)わざる、
是(こ)れ吾(わ)が憂(うれ)いなり。

伊與田先生の解釈です。
先師が言われた。「徳が身に付かないこと、学が究められないこと、
正しい道を聞いても行うことができないこと、
悪い行いを改めることができないことの四つ
が、常に私の心をいためるこのである」

渋沢先生の講義からの抜粋です。
もともと人の本性は善であるが、一たび七つの感情(人には七つの感情があって、
喜び、怒り、哀しみ、楽しみ、愛しさ、憎しみ、欲望という感情に動かされる)が
起こって、そこから私心が生じてしまうと、是非や善悪の批判力を失ってしまうからだ。
と言われています。

意、執、固、我を思い出しました。
子罕第九 4の、「先師は、常に私意、執着、頑固、自我の四つを絶たれた。」
物事を判断する際は、感情に支配されず、「意、執、固、我」を意識して、
事にあたる意思を強く持ちたいものです。

雍也第六 16 子曰質勝文則野章 子曰、質勝文則野。文勝質則史。文質彬彬、然後君子。子(し)曰(いわ)く、質(しつ)、文(ぶん)に勝(か)てば則(すなわ)ち野(や)なり。文、質に勝てば則ち史(し)なり。文質(ぶんしつ)彬彬(ひんぴん)として...
02/03/2026

雍也第六 16 子曰質勝文則野章

子曰、質勝文則野。文勝質則史。文質彬彬、然後君子。
子(し)曰(いわ)く、質(しつ)、文(ぶん)に勝(か)てば則(すなわ)ち野(や)なり。
文、質に勝てば則ち史(し)なり。
文質(ぶんしつ)彬彬(ひんぴん)として、然(しか)る後(のち)に君子(くんし)なり。

伊與田覺先生の解釈です。
先師が言われた。「質が文に勝てば野人肌である。文が質に勝てば記録係のようだ。
文と質とがうまく均整がとれてこそ君子と言える」
素朴な実質が強く表に出て外面の修飾がたりないと野人である。
その逆、外面の修飾ばかりが強くて内の実質がたりないと文書係である。
人の素朴さと教養とが美しく調和してこそ本当の教養人であると言われています。

渋沢先生の講義からの抜粋です。
礼儀正しさが行き過ぎておべっか使いになったり、倹約を重視して単なるケチになったり、
おべっかが悪いと傲慢すぎてそっくり返った態度になったり、ケチがいけないと金銭を湯水のように
使っても困る。
紳士(君子)の条件は、文質彬彬(ぶんしつひんぴん)・・・内面と外面の釣り合いが取れている
ことである。

私の論語のお師匠である先生の好きな章句でもあります。

伊與田覺先生の解釈です。子路は、一つの善言を聞いて、まだそれを行うことができなければ、更に新しい善言を聞くことを恐れた。 渋沢先生の講義からの抜粋です。実践重視が本章の意図と言われています。また、素晴らしい言葉を聴くのが良いことなのは論をま...
30/01/2026

伊與田覺先生の解釈です。
子路は、一つの善言を聞いて、
まだそれを行うことができなければ、
更に新しい善言を聞くことを恐れた。

渋沢先生の講義からの抜粋です。
実践重視が本章の意図と言われています。
また、素晴らしい言葉を聴くのが良いことなのは
論をまたないとも言われています。
明治の元勲の観察が面白いです。
大隈侯は人の話を聴くより自分の言葉を聴かせる方であるが、
他人が話したことをよく記憶している。
山形有朋公は、簡単に自分の意見を口にされず、
常に他人の意見を聴こうとする方。
伊藤博文公は両者の中間で、良く人の話を聴き、自分の言葉も聴かせた。

西郷従道侯は、一種の才と人徳を備えられて、思い込みもせず、
良い距離感で大事に臨んでいたとあります。
自分が目指す人物像を考えていました。(今から遅いかな)

伊與田覺先生の解釈です。子路が政治の要道について尋ねた。先師が言われた。「人民の先に立って行い、人民の労をねぎらうことだ」子路は物足りない気がして「今少し」とお願いした。先師が言われた。「あきないでやることだ」 渋沢先生の講義からの抜粋です...
01/05/2025

伊與田覺先生の解釈です。
子路が政治の要道について尋ねた。
先師が言われた。「人民の先に立って行い、人民の労をねぎらうことだ」
子路は物足りない気がして「今少し」とお願いした。
先師が言われた。「あきないでやることだ」

渋沢先生の講義からの抜粋です。
そもそも成功の極意とは、空間的にも時間的にも、誠意を貫くことだ。
何かに熱い心を抱いて「途中出投げ出さない」という気持ちで進む者は、
本質的な面を理解していようがいまいが結果を残すものだ。

まずは、率先垂範、自ら先頭に立ち、途中であきらめない、そして、
身を修め、心を正しくし、意を誠にする、心がけたいと思います。

伊與田覺先生の解釈です。司馬牛(口数が多くて騒がしい人物)が仁の意義について尋ねた。先師が答えられた。「仁者は言葉を謹んで控えめにする」司馬牛は驚いていった。「言葉を謹んで控えめにすることくらいで仁者といえるのですか」先師が言われた。「言っ...
03/04/2025

伊與田覺先生の解釈です。
司馬牛(口数が多くて騒がしい人物)が仁の意義について尋ねた。
先師が答えられた。「仁者は言葉を謹んで控えめにする」
司馬牛は驚いていった。
「言葉を謹んで控えめにすることくらいで仁者といえるのですか」
先師が言われた。
「言ったことを実行するのは甚だ難しい。
そこで仁者は言葉を控えめにしないでいられないのだ」

渋沢先生の講義からの抜粋です。
司馬牛という弟子には落ち着きがない性質で、言葉が慎重でない欠点がある。
その欠点に対する薬を与えている。
今の世の中には司馬牛が多い。喋りばかりが得意な人間が少なくない。
自分の発言に対する責任の気持ちなど、毛頭ないといってよい。
そもそも誠から出ていない言論には何ら価値がないといってもよい。

厳しめの言葉で表現されています。
この「論語講義」が刊行されたのが1925年ですから、100年前から、今の日本の
有り様は既に始まっていたかと考えさせられます。
まずは、わが身だけでも、意を誠にしたいと考えます。

伊與田覺先生の解釈です。子貢が師(子張)と商(子夏)とはどちらが優っているでしょうかと尋ねた。先師が答えられた。「師はやり過ぎである。商はやり足らない」子貢は「それでは師は商より優っているでしょうか」と尋ねた。先師は答えられた。「過ぎたるは...
03/03/2025

伊與田覺先生の解釈です。
子貢が師(子張)と商(子夏)とはどちらが優っているでしょうかと尋ねた。
先師が答えられた。「師はやり過ぎである。商はやり足らない」
子貢は「それでは師は商より優っているでしょうか」と尋ねた。
先師は答えられた。「過ぎたるはなお及ばざるが如し」

渋沢先生の講義からの抜粋です。
人は『中庸』を得るのが最も大切である。
行き過ぎは『中庸』ではない。足りないのも『中庸』ではない。
だから、行き過ぎが『中庸』でないこと、足らないことに等しいのだ。
わたしはみなさんに、いつも自分の行いが『中庸』にかなっているかどうかを
反省されることを望みたい。
自分自身を反省するとき、まさに自分の行き過ぎた部分と、逆に足りない部分
が見えてくるものだ。

毎日、吾が身を三省す、心がけていきます。

伊與田覺先生の解釈です。先師が言われた。知者は物事の道理を弁(わきま)えているので迷わない。仁者は私欲をすてて天理のままに生きようとするので、心に悩みがない。勇者は意志が強いので何事もおそれない 渋沢先生の講義からの抜粋です。この三つの徳が...
06/02/2025

伊與田覺先生の解釈です。
先師が言われた。
知者は物事の道理を弁(わきま)えているので迷わない。
仁者は私欲をすてて天理のままに生きようとするので、心に悩みがない。
勇者は意志が強いので何事もおそれない

渋沢先生の講義からの抜粋です。
この三つの徳が備わっていたならば、人間として極めて完全な人ということができる。
どうにかしてこの三つの徳を備えられるように、努力して止まない気構えを持ちたいものである。
「知」や「勇」ばかりではいけない。「仁」を兼ね備えてこそ、はじめて、人間としての価値が生ずる。
ゆえに「仁」が最上の徳なのだ。

「迷わない、悩まない、懼れない、」
「偏らず、拘らず、囚われず、」高野山で購入した「空の心」の書と何か共通なものを感じます。

伊與田覺先生の解釈です。曽先生が言われた。「士は度量がひろく意思が強固でなければならない。 それは任務が重く。道は遠いからである。仁を実践していくのを自分の任務とする。なんと重いではないか。全力を尽くして死ぬまで事に当たる、なんと遠いではな...
09/01/2025

伊與田覺先生の解釈です。
曽先生が言われた。「士は度量がひろく意思が強固でなければならない。 
それは任務が重く。道は遠いからである。
仁を実践していくのを自分の任務とする。なんと重いではないか。
全力を尽くして死ぬまで事に当たる、なんと遠いではないか」

渋沢先生の講義です。
指導的立場な人間は「弘毅」でなければならない。
(弘は器量がゆったりして大きい事、毅は強くて決断できる事)
学問があり、知識のある人物でも、この資質がなければ、
指導的な人間としての任務を果たすことができない。
指導的人間の務めとは、人間最上の徳である「仁」の精神を体現して、
すべてのことを遂行していくのが、指導的な人間の任務だ。
会社であれば、その社運をうまく発展させる事を任務とするのだ。
不動の意志を以って、最後までやり通すという気迫を備えていなければ、
到底堪えることは出来ない。まことに重いものである。
命ある限り努力して奮闘しなければならない。
だから指導的な人間の道は遠くして、また遠い。

家康公の遺訓にも同じような表現があります。
それだけの気構えが必要なのですね。私はどれだけ持てるか、不安です。

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