100年先のお墓にこだわる射場石利石材株式会社

100年先のお墓にこだわる射場石利石材株式会社 大阪府の墓石・霊園・墓地の射場石利石材株式会社。お墓の新築工事から神社仏閣の石工事まで

口伝では、当店の創業は元禄十五年(1702年)と聞いていますが、株式会社となったのが平成2年(1990年)。

昨年、おかげさまで設立30周年を迎えることができました。

「世の中で一番楽しく立派なことは、一生涯を貫く仕事を持つことである」とは、福沢諭吉の言葉です。

1702年と言えば18世紀。足かけ四世紀もの長い間、先祖代々、一つの仕事に従事して来られたことは本当にありがたいことです。
改めまして、これまで何かとごひいきにしていただきましたお寺さま、各墓地の歴代の墓地委員の皆さま、氏子の皆さま、神職の皆さま、そして何よりもこれまで当店にお墓づくりや石工事ををご依頼くださったお客さまに感謝申しあげます。
また、合わせて仕入れ先をはじめとするお取引先の皆さま、顧問の皆さま。そし
てこれまで当店で一緒に働いてくださった皆さまに心からの感謝を申し上げます。皆さま、本当にありがとうございました。

6月12日(金) 転院の日程も決まっていた。準備もしていた。でも父は、その日を待たなかった。義父もそうだった。家族の予定が終わるのを待ったように、静かに逝った。偶然だろうか。――新聞への投書です。人は最後の最後まで、愛する人のことを考えてい...
11/06/2026

6月12日(金)

転院の日程も決まっていた。

準備もしていた。

でも父は、その日を待たなかった。

義父もそうだった。

家族の予定が終わるのを待ったように、静かに逝った。

偶然だろうか。

――新聞への投書です。

人は最後の最後まで、愛する人のことを考えているのかもしれません。

「あの子に迷惑をかけたくない」

その想いだけは、意識よりも深い場所に残るのかもしれません。

お墓の前に立つと、過去を思い出しているつもりになります。

でも本当は違います。

見ているのではなく、見られているのかもしれなません。

続きはブログに書きました。

リンクは、コメント欄に置いておきます。

#人生を考える
#家族の絆
#大切な人
#今日を生きる
#安心できる場所

6月11日(木) 子どもの頃、お盆になると家族でお墓参りに行っていました。草の匂い。蝉の声。線香の煙。祖父母が静かに手を合わせる姿。あの頃は意味なんて考えていませんでした。ただ、それが当たり前でした。でも大人になると、忙しい。遠い。時間がな...
11/06/2026

6月11日(木)

子どもの頃、お盆になると家族でお墓参りに行っていました。

草の匂い。

蝉の声。

線香の煙。

祖父母が静かに手を合わせる姿。

あの頃は意味なんて考えていませんでした。

ただ、それが当たり前でした。

でも大人になると、

忙しい。

遠い。

時間がない。

そうやって少しずつ足が遠のいていきます。

そして気づけば、「まあ、いいか」という言葉が増えている。

最近、ある女性の話を新聞で読みました。

50年前に亡くなったご主人から贈られた万年筆。

壊れても捨てられず、修理して使い続けているそうです。

それを聞いたとき、ふと思いました。

人を支えているのは、新しく手に入れたものではなく、長い時間を一緒に過ごしてきたものなのかもしれない、と。

私たちは、思い出を過去に置いていこうとします。

けれど本当は、過去は終わっていないのかもしれません。

今日も静かに、私たちの中で生き続けているのかもしれません。

もし最近、少し疲れているなら。

少し迷っているなら。

前に進むために、一度立ち止まってみるのも悪くない。

帰る場所を思い出した人は、また歩き出せるから。

……続きはコメント欄に置いておきます。

#人生を見つめる
#家族の時間
#心の安心
#つながりを大切に
#今日を生きる力

6月 8日(月)子どもの頃、祖母に連れられてお墓参りに行っていました。暑い日でした。線香の匂い。蝉の声。柄杓から流れる水。あの頃は正直、何のために行くのか分かっていませんでした。ただ、大人たちについて行っていただけでした。でも年齢を重ねると...
07/06/2026

6月 8日(月)

子どもの頃、祖母に連れられてお墓参りに行っていました。

暑い日でした。

線香の匂い。

蝉の声。

柄杓から流れる水。

あの頃は正直、何のために行くのか分かっていませんでした。

ただ、大人たちについて行っていただけでした。

でも年齢を重ねると、少し違う景色が見えてきます。

親が歳をとり。

子どもが大きくなり。

見送る人も、見送られる人も、いつか自分になると気づき始めます。

最近ふと思うのです。

お墓参りとは、亡くなった人のためだけの時間だったのだろうか、と。

石の前に立つと、

不思議と仕事の肩書きも、世間の評価も、どうでもよくなる瞬間があります。

残るのは、「自分は今日をどう生きているだろう」という問いだけ。

誰かを思い出しに行っているようで、本当は、自分自身を思い出しに行っているのかもしれません。

もし最近、立ち止まっている感覚があるなら。

もし何かを先送りしている気がするなら。

この話は、お墓の話ではないかもしれません。

そんなことを書きました。

ブログ「お墓参りをしない人は、誰を裏切っているのか。」へのリンクはコメント欄に置いておきます。

#人生 #家族 #感謝 #心の居場所 #今日を生きる

6月 7日(日)小さい頃、お盆になると祖母に連れられてお墓へ行っていました。暑い日でした。蝉が鳴いていて、線香の匂いがして。子どもの私は、正直、お墓参りの意味なんて分かっていませんでした。ただ、そこに行くと祖母の表情が少し変わることだけは覚...
07/06/2026

6月 7日(日)

小さい頃、お盆になると祖母に連れられてお墓へ行っていました。

暑い日でした。

蝉が鳴いていて、線香の匂いがして。

子どもの私は、正直、お墓参りの意味なんて分かっていませんでした。

ただ、そこに行くと祖母の表情が少し変わることだけは覚えています。

大人になってから気づきました。

あの日、祖母は亡くなった人に会いに行っていたのではなく、

自分がどこから来たのかを確認しに行っていたのかもしれません。

年齢を重ねるほど、不思議なことがあります。

忙しいわけじゃない。

時間がないわけでもない。

それなのに、なぜか行けなくなる場所があります。

本当は、そこへ行くと聞こえてしまうからです。

「これから、どう生きる?」という声が。

ほとんどの人は、お墓を、過去を見る場所だと思っています。

でも違うのかもしれません。

未来を見る場所なのかもしれません。

最近、そんなことを考えています。

続きは、ブログに書きました。

▼ブログへのリンクは、コメント欄に置いておきます。

#人生を考える時間 #家族の絆 #安心できる場所 #お墓参り #生きる力

子どもの頃。祖母に連れられて、お墓参りへ行った記憶があります。夏の暑い日でした。草を抜いて、水をかけて、手を合わせる。正直なところ、当時の私は、なぜそんなことをするのかよく分かっていませんでした。そこにいる人の顔も知らない。声も知らない。思...
06/06/2026

子どもの頃。

祖母に連れられて、お墓参りへ行った記憶があります。

夏の暑い日でした。

草を抜いて、水をかけて、手を合わせる。

正直なところ、当時の私は、なぜそんなことをするのかよく分かっていませんでした。

そこにいる人の顔も知らない。

声も知らない。

思い出もない。

なのに、祖母は静かに手を合わせていました。

人は忘れます。

誰かを忘れます。

記憶を忘れます。

そして、自分がどこから来たのかさえ少しずつ忘れていきます。

だからお墓があるのかもしれません。

亡くなった人のためではなく、生きている私たちが思い出すために。

誰かに守られてきたこと。

誰かに愛されてきたこと。

そして、自分もまた、誰かの人生に残る存在でありたいことを。

お墓は過去へ行く場所ではなく、今日を生き直す場所なのかもしれません。

続きはブログに書きました。
ブログへのリンクは、コメント欄に置いておきます。

#人生を考える
#家族の時間
#お墓参り
#生きる力
#安心できる場所

6月 1日(月)玄関先で見送ってくれた姿。何気なく呼ばれた名前。子どもの頃は、それが永遠に続くと思っていました。けれど気づけば、会えなくなった人がいる。話せなくなった人がいます。そして、「今度行こう」そう思いながら、何年も過ぎてしまった場所...
01/06/2026

6月 1日(月)

玄関先で見送ってくれた姿。

何気なく呼ばれた名前。

子どもの頃は、それが永遠に続くと思っていました。

けれど気づけば、会えなくなった人がいる。

話せなくなった人がいます。

そして、「今度行こう」そう思いながら、何年も過ぎてしまった場所がある。

お墓参りは、亡くなった人のために行くものだと思っているかもしれません。

でも本当は違います。

人は人生のどこかで、立ち止まります。

迷います。

自分がどこへ向かっているのかわからなくなります。

そんな時に必要なのは、答えではなく、「自分は一人ではない」という感覚なのかもしれません。

お墓の前に立つと、不思議とそれを思い出します。

何かが変わるわけではありません。

でも、何かが戻ってくる。

もし最近、少しだけ疲れているなら。

これからの雨の季節に、静かな場所へ足を向けてみるのも悪くない。

そんなことを考えました。

ブログ「あなたがお墓参りを避けてしまう、本当の理由」へのリンクはコメント欄に置いておきます。

#人生を見つめる時間
#家族の記憶
#安心できる場所
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#今日を生きる力

5月30日(土)昔の家には、空の箱が届くことがありました。戦争で亡くなった息子の遺骨が帰らず、代わりに渡された箱です。中には何も入っていない。それでも父親は、その箱を抱きしめた。何十年も経ったあと、その話を聞いたとき、彼女は不思議な感覚にな...
30/05/2026

5月30日(土)

昔の家には、空の箱が届くことがありました。

戦争で亡くなった息子の遺骨が帰らず、代わりに渡された箱です。

中には何も入っていない。

それでも父親は、その箱を抱きしめた。

何十年も経ったあと、その話を聞いたとき、彼女は不思議な感覚になった。

会ったこともない人なのに、なぜか忘れられなかったのだ。

その後、大甥がフィリピンを訪れた。

戦死した場所だと言われる土地で、小さな石を一つ拾った。

理由は、なかった。

けれど、人は時として説明できない行動をとる。

あとになって振り返ると、あれは心が先に動いていたのだと分かる。

私たちは歳を重ねるほど、「終わったこと」を増やしていきます。

もう会えない人。

もう伝えられない言葉。

もう戻らない時間。

でも本当は、終わっていないのかもしれません。

誰かを想う気持ちは、時間では消えないからです。

お墓は、亡くなった人のためだけの場所ではありません。

生きている私たちが、忘れないことを選ぶ場所。

そんな気がしています。

最近、思い出した人はいますか。

その人は、何を残してくれたのでしょう……。

▼ブログ全文へのリンクは、コメント欄に置いておきます。

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5月29日(金)母の葬儀が終わったあと、しばらくお墓へ行けなかった。行けば、何かが終わってしまう気がしていた。でも、本当に怖かったのは、終わりじゃなかった。「もっと話せばよかった」その後悔に、触れることだった。久しぶりに墓前へ立った日。何を...
29/05/2026

5月29日(金)

母の葬儀が終わったあと、しばらくお墓へ行けなかった。

行けば、何かが終わってしまう気がしていた。

でも、本当に怖かったのは、終わりじゃなかった。

「もっと話せばよかった」

その後悔に、触れることだった。

久しぶりに墓前へ立った日。

何を言えばいいのか、分からなかった。

手を合わせても、涙は出なかった。

ただ、風の音だけがしていた。

そのとき、不思議な感覚になった。

許された、わけじゃない。

後悔が、消えたわけでもない。

でも──

「じゃあ、今日をどう生きるか」
その問いだけが、静かに残った。

お墓は、過去を見る場所だと思っていた。

でも本当は、“これから”を見る場所なのかもしれない。

亡くなった人は、いなくなるんじゃない。

生き方の中に、残っていく。

だから人は、遺影を何度も拭くのだと思う。

忘れたくないからじゃない。

まだ、生きているから。

そんなことを感じている人に向けて、文章を書きました。

ブログ「後悔を、置いてこなくていい場所」へのリンクはコメント欄に置いておきます。

#人生を見つめ直す #家族の時間 #お墓参り #今日を生きる #帰れる場所

5月28日(木)夫の命日の日。駐輪場で、一人の高齢男性が自転車の籠から買い物袋を落とした。くだものが転がって、野菜が散らばって。一緒に拾っていると、男性がぽつりと話した。「家内を、10年前に亡くしたんです」その瞬間。言葉では説明できない何か...
28/05/2026

5月28日(木)

夫の命日の日。

駐輪場で、一人の高齢男性が自転車の籠から買い物袋を落とした。

くだものが転がって、野菜が散らばって。

一緒に拾っていると、男性がぽつりと話した。

「家内を、10年前に亡くしたんです」

その瞬間。

言葉では説明できない何かが、彼女の胸に落ちた。

10年。

誰もいない家に帰る10年。

二人分の癖だけが残る10年。

それでもその人は、ちゃんと今日を生きていた。

自転車を漕いで。
買い物袋を持って。

彼女は思わず、

「一人で、頑張ってこられたんですね」

と言った。

すると男性は、何度も「ありがとう」と言いながら帰っていった。

その背中を見た瞬間、なぜか涙が止まらなかった。

悲しかったからじゃない。

“生き続けている姿”に、心を動かされたのだ。

帰宅すると、仏壇の前では笑い声が広がっていました。

その時、彼女はふと思った。

もしかすると──

亡くなった人が本当に願っているのは、「悲しみ続けること」ではなく、残された人が、また笑えるようになることなのかもしれない、と。

お墓って、過去を閉じ込める場所じゃなくて、「また生きよう」と思い出す場所なのかもしれません。

今年の夏。

あなたは、誰の声を受け取りに帰りますか。

ブログ「お墓は、死者のためにあるのではない」へのリンクはコメント欄に置いておきます。

#家族の時間 #人生を見つめる #帰る場所 #心の整理 #生きる力

5月27日(水)母の日になると、思い出す背中があります。花を持って、静かにお墓の前に立っていた、一人の女性の背中です。泣いているわけじゃない。でも、何かを必死に受け止めようとしているように見えました。「お墓は亡くなった人のための場所」ほとん...
27/05/2026

5月27日(水)

母の日になると、思い出す背中があります。

花を持って、静かにお墓の前に立っていた、一人の女性の背中です。

泣いているわけじゃない。

でも、何かを必死に受け止めようとしているように見えました。

「お墓は亡くなった人のための場所」ほとんどの人はそう思っているでしょう。

でも、違います。

お墓に行くのは、死者のためではありません。

残された人が、もう一度、生きるためです。

誰かを失うと、時間だけが先に進んでいきます。

世の中は、何事もなかったように動き続ける。

それが、本当に苦しい。

でも、お墓の前で手を合わせると、不思議と、少しだけ呼吸が戻る瞬間があります。

「また明日も生きてみよう」

その小さな感覚に、救われている人がいます。

私たちが守りたいのは、石ではないんです。

人が、“ひとりになりすぎないこと”。

帰れる場所があること。

思い出せる場所があること。

それだけで、人は前を向けることがあります。

最近、そんなことを、よく考えます。

ブログを書きました。

ブログへのリンクは、コメント欄に置いておきます。

読んだあと、少しだけ、誰かを思い出したくなるかもしれません。

#人生を見つめる
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#今日を生きる
#大切な人を想う
#安心できる場所

住所

新和町16-19
Ibaraki-shi, Osaka
567-0855

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