図書出版クレイン

図書出版クレイン 東京都小金井市にある出版社です。在日朝鮮人問題、日韓関係、差別問題をテーマにした書籍を出版しています。『カステラ』が「第1回日本翻訳大賞」、在日総合誌『抗路7号』が「第3回(旧むのたけじ)地域・民衆ジャーナリズム優秀賞」、『在日朝鮮人とハンセン病』が「第3回神美知宏・谺雄二記念人権賞」受賞。

心理学者の岸田秀さんがお亡くなりになりました。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。岸田さんには、小社刊行の写真集『こどもたちの声がきこえる』(小金井市の回帰船保育所のこどもたちを10年に渡って撮り続けた写真、2008年)に本書の写真家・前田敏...
30/05/2026

心理学者の岸田秀さんがお亡くなりになりました。
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

岸田さんには、小社刊行の写真集『こどもたちの声がきこえる』(小金井市の回帰船保育所のこどもたちを10年に渡って撮り続けた写真、2008年)に本書の写真家・前田敏行さんとの出会いに触れてご寄稿いただきました。
前田さんは和光大学で岸田さんに学び、それ以降、お付き合いが続いていたそうです。

また、本書の写真展が新宿のコニカミノルタで開催されたおりには、足を運んでくださいました。その後、新宿の「ライオン」で、写真家の前田さんご夫妻を伴い、たらふくビールを飲みながら、愉しい時間を過ごさせていただいたことも懐かしい思い出です。

フランスは第二次大戦の「戦勝国」と言えるのか?
朝鮮半島の「解放」と何が違うのか? 両者は類似の性格を有しているのではないか? などのお話しをさせていただいた刺激的な時間でした。そして何より、偉ぶらないところが人間的な魅力でした。

岸田秀さんといえば、やはり『ものぐさ精神分析』が有名で、私も一読したときは多くを学んだものです。なにしろ、「国家」を精神分析するんですから、そのスケールの大きいこと大きいこと。歴史を知る上でのユニークな見方を学びました。

あとは、いまから40年前に刊行された、評論家の竹田青嗣さんを聞き手とした対話『物語論批判』の読書体験が思い出されます。これはひとりの思想家の思考のバックグラウンドを掘り下げるシリーズ物の中の一冊で、議論白熱の読みごたえのある中身でした(装丁は宮迫千鶴さん)。
この機会にあらためて読み直してみようと思います。

岸田秀さん、愉しい時間(直接に、著書を通して)をありがとうございました。
ゆっくりお休みください。

1月16日(金曜日)に東京都豊島区にある立教大学でお話しをさせていただきました。テーマは「在日朝鮮人問題を体験から語る」。立教大学でお話しをさせていただくのは、今年で四回目になります。今回は、私の演題を『私の事、私の仕事、そして私の伝えたい...
23/01/2026

1月16日(金曜日)に東京都豊島区にある立教大学でお話しをさせていただきました。テーマは「在日朝鮮人問題を体験から語る」。
立教大学でお話しをさせていただくのは、今年で四回目になります。
今回は、私の演題を『私の事、私の仕事、そして私の伝えたい事』としました。当日は、早朝から品川駅で停電があり、JR山手線・京浜東北線がストップした影響で、恥ずかしながら講義時間に遅れるという失態を演じてしまいました。お待ちいただいた受講生の皆さん、あらためてお詫び申し上げます。

さて、当日は、在日朝鮮人(朝鮮半島にルーツがあるという意味で、私はこの呼称を使用しています。)3世である私が、朝鮮人であることを自覚したきっかけや、その後の活動について紹介し、クレインを創業した後の刊行物を通した在日朝鮮人を取り巻く問題の説明、そして、私の経験から若い学生の皆さんに伝えたいこと(日本社会と在日朝鮮人とは切り離せない関係にある。在日朝鮮人は日本人と関わらないと生きていけない。在日朝鮮人を含むマイノリティへの想像力)の三部構成で締めくくりました。最後は、遅刻をしたゆえ、急ぎ足で進めてしまいましたが、準備した項目については、なんとかお伝えできたと思います。ただ、学生さんからの質問のお時間を取れなかったことが心残りです。

今回の話しの最後の結論は、「その人自身がありのままに生きられる社会をともに作っていきたい」(毎回変えています)ということでしたが、その思いは学生さんたちに届いたでしょうか。お話ししたいくつかの事柄を記憶にとどめていただけているなら、たいへんうれしく思います。

私の話しにお付き合いいただきました学生の皆さんにあらためて御礼申し上げます。どうもありがとうございました。

写真は、昨年の秋に立教大学校内に建立された、立教大学に留学をし、その後、編入した同志社大学在籍時に治安維持法違反の容疑で逮捕され、福岡刑務所で獄死した、朝鮮の詩人=ユン・ドンジュの記念碑です。訪ねたときには、献花がありました。

次回、また機会がありましたら、学生の皆さん、どうぞよろしくお願いいたします。

※日本国家は、戦前の治安維持法違反(容疑)で逮捕・殺害した人々への謝罪・名誉回復・補償を一切行なっていません。戦後、曲がりなりにも民主主義国家に生まれ変わったというなら、その態度は恥ずべきことだと思います。いまからでも遅くないのでその手続きを行なうべきです。

2026年の業務は本日より開始いたしました。今年もどうぞよろしくお願いいたします。
05/01/2026

2026年の業務は本日より開始いたしました。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。

8月23日(土曜日)に、イベント『趙根在(チョウ・グンジェ、ちょう・こんざい)を語る 写真・映像・文章・人物』を武蔵野スイングホール内11階のレインボーサロンで開催いたしました。猛暑の中にもかかわらず、100名近い参加者がありました。お越し...
25/08/2025

8月23日(土曜日)に、イベント『趙根在(チョウ・グンジェ、ちょう・こんざい)を語る 写真・映像・文章・人物』を武蔵野スイングホール内11階のレインボーサロンで開催いたしました。
猛暑の中にもかかわらず、100名近い参加者がありました。お越しいただいた皆さま、ありがとうございました。

とりいそぎのご報告をさせていただきます。

当日は、以下の4名の方にご発言をいただきました(発言順、隣は演題)。

中山節夫(なかやま・せつお)氏 「趙さんとの出会いと思い出」
川井田博幸(かわいだ・ひろゆき)氏 「日本の鉱脈を掘り続けた思想家 趙根在」
斎藤真理子(さいとう・まりこ)氏 「趙根在の文章は、なぜ良いのか」
木村 直(きむら・ちょく)氏 「生活の場としてのハンセン病療養所の視点と趙根在」

付け加えて、川井田博幸氏のご発言の中で、趙根在が撮った70年安保の東大安田講堂攻防戦の映像(撮影監督・宮島義勇)、そして1997年3月(死の三ヵ月前)に収録された音声(聞き手・川井田博幸)を紹介いたしました。

今回のイベントの開催目的は、小社刊『光を見た ハンセン病の同胞(きょうだい)たち』の刊行一周年の時期に、一つに、ハンセン病の写真家として知られている趙根在の、映像カメラマン、文章家、などの仕事についても光をあてること。二つに、そのためにも、現在、国立ハンセン病資料館に所蔵されている趙根在関連資料の閲覧・公開の実現に向けての機運を高めること、にありました。

さて、当日の発言者の方々の内容は、上記一つめの目的に添ったものになっており(中山氏は「人物像」、川井田氏は「映像カメラマン」、斎藤真理子氏は「文章」、木村直氏は「写真」、の各方面をおもにご担当)、ご参加いただいた皆さまには、4名の方の発言を通して、趙根在の仕事の全体像の一端をお示しできたことと思います。

具体的には、中山氏からは、「ハンセン病回復者のドキュメンタリー『ある青年の出発(たびだち)』での撮影協力以降に始まった趙根在との、エピソードを含めた交友の思い出」を、川井田氏からは、「思索者・思想家としての趙根在の側面」を、斎藤氏からは、「趙根在の文章の魅力の要因」を、木村氏からは、「趙根在の撮った写真プリントの扱いと趙が写真フィルムにかけた思い」を、それぞれお話しいただきました。

今回のイベントを通して、多くの方に趙根在という人物への興味・関心をお持ちいただくことができたと思います。もう忘れられることはないでしょう。そのことは、開催目的の二つめの、趙根在関連資料の閲覧・公開に向けての機運を高めること、につながったはずです。

なにしろ、この1年以上、国立ハンセン病資料館とは、趙根在関連資料の閲覧を求めてやりとりを繰り返しており、回答は不可の連続。このやりとりの詳細について、稀有で貴重な人物である趙根在の仕事の全体像を知ってもらうためのイベントで話すには、あまりにも無意味すぎて話すことは控えましたが、現在もやりとりが続いていますので、いずれ、進捗状況のご報告をさせていただこうと思います。

主催した者として、現在時点での趙根在に関するイベントとしては、出来うる範囲での最大の質をともなう内容になったと思っています。今後、趙根在の仕事の全体像をより深く知る上では、どうしても資料の閲覧が必要になります。そのことを強く主張し続けて、次にまたよりアップグレードした趙根在をテーマにしたイベントの開催を目指したいと考えています。もちろん、私が生きていればの話ですが(笑)。そのときには、どうぞ、皆さまご参加ください。再会いたしましょう。

当日は、趙根在のご伴侶である齋藤君子さんにお越しいただきたかったのですが、ご高齢ですので、猛暑の中では厳しいものがあり、ご参加は叶いませんでした。ご本人もたいへん残念に思われていました。

趙根在がハンセン病の写真を撮り続けることができ、写真撮影から離れた後に、自作の書斎にこもって読書と書き物に集中できたのは、ひとえに齋藤君子さんの存在と支えがあったからこそです。そのことを忘れてはいけないと思います。

1967年にお二人はご結婚されて、3年後の1970年には、趙根在は撮影のために1年の半分を全国各地のハンセン病療養所の訪問に費やしています。

そのことを齋藤君子さんに尋ねたことがあります。

「齋藤さん、そんなに趙さんが留守がちだったら寂しくはなかったですか。まだ新婚3年目なのに……」
「いえそんなことはなかったです」
「どうしてですか」
「私は彼の仕事に誇りを持っていましたから」

このときの会話を私は忘れることができません。

齋藤君子さん、いつまでもお元気でいらしてください。

最後に、イベントが終了したことに伴い、以下の二言を申し添えて、とりいそぎの報告とさせていただきます。

「趙根在の人物・仕事研究が、今、始まろうとしている」
「もうこれで、趙根在を知らないとは言わせない」

ご参加いただいた皆さま、ご発言いただいた方々、どうもありがとうございました。あらためて御礼申し上げます。

本日、6月24日は、趙根在(チョウ・グンジェ)氏の祥月命日。28回目。合掌。そして、『ハンセン病の同胞(きょうだい)たち』の2刷出来上がり。2刷分は見返し(表紙と本文のあいだの紙)の色をグリーンにいたしました。次回の3刷はまた色を変えること...
24/06/2025

本日、6月24日は、趙根在(チョウ・グンジェ)氏の祥月命日。28回目。合掌。
そして、『ハンセン病の同胞(きょうだい)たち』の2刷出来上がり。2刷分は見返し(表紙と本文のあいだの紙)の色をグリーンにいたしました。次回の3刷はまた色を変えることを楽しみにしております。
ご購読いただきました皆さま、ありがとうございました。未読の皆さまは、この機会にぜひご購読をお願い申し上げます。

――――
ところで、何度でも繰り返すが、日本のハンセン病史は、朝鮮半島出身者を抜きには成り立たない。
彼ら彼女らの存在と、彼ら彼女らが担った過酷な園内労働の実態を証言する人びとがいなくなろうとしている現在、本書はその役割を果たす。それは本書を読んでいただければわかること。

それにしても、ハンセン病資料館は、閲覧を求め続けている趙根在資料の閲覧公開に向けたアーカイブ作業を進めているのか? 進捗状況を問い合わせても内田博文館長は、問い合わせには答えません、話し合いたいと申し込んでも、会いません、との恥ずべき姿勢なので、さっぱりわからない。そのくせに、館員一同は聞く力と話す力を高め、資料館の「広場」機能を充実させるとホームページで公言している。お笑い草だ。館長としてふさわしい人物だとは、私は思わない。

資料のアーカイブ化に割く経費も人員も無いと言ってるぐらいだから、おそらく進んでいないだろう。というか、そもそもやる気がないのだろう。であるなら、日々、何の資料のアーカイブ化を進めているのだろうか? それを明らかにしてくれないか。納税者に向けて。

資料館は昨年度に、来年度以降に公開していきますと、私からの問合せに答えていたが、そもそもやる気もないのに、その場しのぎの発言は慎むべきだ。所蔵資料を活用しないのなら、活用することを条件に寄贈を求めたのだから、寄贈者に返却したらどうだ。しかし、誰のための資料館なのか、まさか、「日本人のためにやってます」じゃないだろうな。

趙根在資料の閲覧公開を実現させるためには、それを要求し続けるしかない。あらためてこの日にその思いを確認する。

イベント「趙根在を語る会」を開催いたします。日程は以下の通りです。日時 8月23日(土曜日)時間 14時~16時場所 「武蔵野スイングホール内11階のレインボーホール」JR中央線・武蔵境駅北口を出て、すぐの北西角のタワーです。※ハンセン病の...
15/05/2025

イベント「趙根在を語る会」を開催いたします。

日程は以下の通りです。

日時 8月23日(土曜日)
時間 14時~16時
場所 「武蔵野スイングホール内11階のレインボーホール」
JR中央線・武蔵境駅北口を出て、すぐの北西角のタワーです。

※ハンセン病の写真を撮り続けて20年、その点数25000点に及ぶフィルムを遺した趙根在(チョウ・グンジェ、1933-97)。
彼の遺した仕事について、生前に交流のあった方、没後にその作品と出会った方に発言をいただき、この稀有な写真家の仕事と人物に光を当て、その業績に関心を高める機会にしたいと考えております。

発言者は以下(順不同・敬称略)

斎藤真理子(翻訳家)
中山節夫(映画監督)
川井田博幸(映像プロデューサー)
木村 直(写真家・アーティスト)

※暑い日が予想されますが、皆さま、ぜひ、ご参加ください。お待ちしております。

ようやく近刊『崔承喜(チェ・スンヒ、さいしょうき)と現在』の印刷所への入稿も済みましたので、あらため、下記の件、ご案内させていただきます。http://www.cranebook.net/archives/post-57.html「ふれあい...
08/02/2025

ようやく近刊『崔承喜(チェ・スンヒ、さいしょうき)と現在』の印刷所への入稿も済みましたので、あらため、下記の件、ご案内させていただきます。
http://www.cranebook.net/archives/post-57.html

「ふれあい福祉協会」発行の雑誌『ふれあい福祉だより』(第27号、2024年12月)に、「趙根在とハンセン病」のタイトルで寄稿いたしました。本誌は非売品ですので、お問い合わせいただければ発行元から入手できる旨と、小社にも在庫がありますので、お分けいたしますと申し上げたところ、幾人かの方から問合せをいただきました。ありがとうございます。小社の在庫は、まだございますので、メールなどでご連絡いただければお送りいたします。もちろん、無料で差し上げます。

寄稿文は、字数が3000程度の短いものですが、趙根在(チョウ・グンジェ)氏がハンセン病を撮る写真家になったきっかけ、彼を写真家へと導いたハンセン病患者・金奉玉(キム・ボンオク)氏のこと、そして、趙の資料を一手に所蔵している国立ハンセン病資料館に対する、趙の資料の閲覧要求に触れています。

今号の特集「日本が与えた三重苦 韓国小鹿島更生園」は読み応えがあり、植民地のハンセン病政策とその内情を知る上で格好の内容になっています。
その内容からわかるのは、植民地のハンセン病者への、院長に代表される日本人たちの非人間的な「ふるまい」の実態です。
同じハンセン病者として、朝鮮半島出身者も日本人も、戦後の権利獲得運動で共闘した歴史が美談の装いを伴って語られることがありますが、その前に、朝鮮半島出身者への差別の歴史を忘れてはいけないと、私は考えます。

寄稿文については、『光を見た ハンセン病の同胞(きょうだい)たち』の「あとがき」で触れることができなかった、金奉玉氏について、少しだけですが書くことができたことは、私にとってもよい機会でした。いずれ、もう少しくわしく、彼と趙根在氏との関係に触れた文章を発表する予定にしています。

また、趙根在氏の資料(手帳・メモ・ファイルなどの記録)の閲覧要求については、追って、国立ハンセン病資料館に重ねて申請をしないといけません。すでに前回の回答から5カ月が経過していますからね。
また、撮影フィルムについての閲覧要求も継続していきますが、「公開が閲覧の前提」という理不尽な理屈を、ハンセン病に関心のある住民への情報提供が存在根拠であるはずの国立資料館が採っている以上、長丁場のやり取りとなるでしょうが、こちらもいつまで生きているのか、資料館もいつまで存在しているのか、保証のかぎりではありませんので、折りにつけ要求を繰り返していくしかありません。

問い合せ→「ふれあい福祉協会」https://fureai-fukushi.jp/

31/12/2024

2025年になりました。
今年もよろしくお願い申しあげます。

在日総合誌『抗路』12号が出来上がりました。今号が終刊号となります。10年で12号という遅々とした刊行ペースでしたが、あっという間の10年でした。ご購読・ご執筆・ご登場いただきました皆さま、ありがとうございました。さて、今号の巻頭グラビアは...
12/12/2024

在日総合誌『抗路』12号が出来上がりました。
今号が終刊号となります。
10年で12号という遅々とした刊行ペースでしたが、あっという間の10年でした。
ご購読・ご執筆・ご登場いただきました皆さま、ありがとうございました。

さて、今号の巻頭グラビアは、市民の力によって、山口県宇部の海底炭鉱「長生炭鉱」の坑口が82年ぶりに開いた現場と犠牲者遺族たちを取り上げています(撮影=裴昭)。今後は、水非常(水没事故)犠牲者(その人数は183名、朝鮮半島出身者が136名、日本人47名)の遺骨収集へと進んでいきますが、ここまでの動きは市民運動がもたらした画期的な成果です。
坑道の解明に向けて、第二次クラウドファンディングによる資金集めも始まったところです。

そのほか、長崎の朝鮮半島出身被爆者をめぐる問題、佐渡金山遺跡の韓国での認識など、今号も、論考・エッセイ・インタビューなど多彩な内容でお届けします。
どうぞ、ご購読を検討ください。
http://www.cranebook.net/archives/12.html

ネットでも予約しております。
https://www.amazon.co.jp/抗路12号-抗路舎/dp/4906681670/

在日総合誌『抗路항로』12号のご案内です。12月12日の発売。以下のラインナップでお届けいたします。ご覧いただき、購読をご検討ください。http://www.cranebook.net/schedule/ひとまず、今号をもちまして、『抗路항...
30/11/2024

在日総合誌『抗路항로』12号のご案内です。
12月12日の発売。以下のラインナップでお届けいたします。
ご覧いただき、購読をご検討ください。

http://www.cranebook.net/schedule/

ひとまず、今号をもちまして、『抗路항로』は終刊いたします。
みなさま、10年間にわたり、ありがとうございました。

特集 「在日」にとって境界とは

[グラビア]
裵昭「82年ぶりに開いた長生(ちょうせい)炭鉱の坑口」

[論考]
尹健次「『在日』を考える 終刊号を迎えて」
鄭炳浩「希望と連帯を求めて 強制労働者の記憶と帰還」
桜井泉「『隣の国の言葉』と『ウリマル』と」
尹慧瑛「『在日』を考えるために イギリス・アイルランドとの往復」
佐々木亮「海峡で歩く 悼む 記者として、『私』として」
松坂裕晃「壁を越える詩 ナイドゥと許貞淑、金億をつないだ『植民地間意識』」
朴香樹「韓国生活25年 在日3世の私が脱北者と向きあう理由」
戸田郁子「在韓日本人を生きる」

[インタビュー]
黒川創「『「日本語の文学」が生まれた場所』をめぐって」

【小特集 表現の現場から】
趙博「学者から芸人への『転落』秘話」
笑福亭銀瓶「上方落語の世界で『在日』を生きる」
李知承「歌が生まれるとき」
山本香利「歌い紡ぐ・そして・つながる」

[エッセイetc]
文京洙「弔いの政治学 死者と生者の行き交い 韓国/日本」
斎藤真理子「韓国文学と在日文学のあいだ 李明淑の詩業」
小林聡明「幻の朝鮮民間放送協会と鳴り響き続ける声」
韓光勲「朴慶植による関東大震災朝鮮人虐殺の調査をめぐって」
ソン・ジュンナン「ルーツをたどる旅から帰って」
金鍾太「米国ドラマ『PACHINKO』から「在日の物語」の可能性を探る」

[追悼]
早尾貴紀「徐京植さんから私が受け取ったもの」
磯貝治良「梁石日さんの思い出」

[映画評]
金洪仙「ソウルの春」

[短歌]
凜七星「一詠日和〈九〉」

[書評]
李昤京「『韓国社会運動のダイナミズム』」
林茂澤「『新自由主義の時代の在日コリアン』」

【表紙絵】
しんよんひ「絵を描いて生きる―」

『抗路』総目次

住所

東町5-26/15
Koganei, Tokyo
184-0011

営業時間

月曜日 10:00 - 18:00
火曜日 10:00 - 18:00
水曜日 10:00 - 18:00
木曜日 10:00 - 18:00
金曜日 10:00 - 18:00

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