03/06/2026
◆『稲盛和夫の実学』文庫新装版⑨
『稲盛和夫の実学』文庫新装版(日経BP)から、稲盛の言葉をご紹介いたします。
私は、よく経理に月次決算書の不明な箇所について説明を求めた。その際のことを当時の経理部長は「社長に資料を十分検討していないままに出した場合は、必ず厳しく内容をチェックされ、社長の質問にうろたえることがしばしばあった。厳しい追及に懲りて、次回は万全を期して、事前にさまざまな面からチェックして資料を提出したときには、簡単に説明を聞かれる程度で、かえって拍子抜けしてしまうことが多かった」と述べていた。
私の場合、真剣に資料を見つめていると、数字の間の矛盾やおかしな数字が、どういうわけか目に飛び込んでくる。精魂を込めて見ていると、パッと見ていても、間違っている数字や問題のある数字がまるで助けを求めるように目の前に飛び出してくるのである。反対に、事前に数字がすべて十分にチェックされた資料であれば、私がいくら見ていても気にかかる点は見出せない。
だから、上司が部下にあわててつくらせた資料を、中身もろくにチェックしないで内心ビクビクしながら持ってくると、案の定、私に見せただけで叱られ、逆に、自分で隅々まで目を通し、問題点を詰めて持ってくると、質問もなく「結構」と終わってしまうのだと思う。
経営において責任ある立場の人々が自ら完璧主義を貫くよう肝に銘じていれば、資料の中のつじつまの合わない部分や数字のバランスが崩れているところに鋭敏に注意がいくようになるはずである。また、そうすることによって、資料をつくる側も自然に完璧主義が身につくようになる。会社全体に完璧主義を浸透させようとするのであれば、それが習い性となるまで数字をつくる側とチェックする側が努力していくことが必要不可欠なのである。
(『稲盛和夫の実学』文庫新装版、p.101-102)