のぼ事務所 "nosfo" novo science facilitation office

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29/04/2021

記者会見の模様が週刊金曜日に掲載されました。

24/04/2021

4月21日、東京都の選挙管理委員会に審査の申し立てを行い、都庁記者クラブで記者会見。まだまだメディアの注目度は高くありません。しかし、これからです! さて、都の選管の判断はいかに。

24/03/2020

私がランダムサンプリング検査にこだわる理由

新型コロナウィルスCovid-19について、発症の有無にかかわらず国民をランダムに検査することの必要性について書きます。長文お許しを。

健康な人含めてすべての日本人のうちどれくらいの割合の人がウィルスを体内に入れているか、その比率「真の感染率」のデータが必要です。すべての人についての検査は時間的に難しそうなので代わりにランダムサンプリングしてその値で代用します。

感染検査では3つの数字・比率が重要です。
1つ目の比率は上に書いた「真の感染率」です。現在、体内にウィルスがいるけど発症せず・・・がかなりいることがわかっています。だから発症している人の人数とかではわかりません。
また、感染したけど完全に回復した人もいるようです。現在感染率はPCRなどの感染検査で測れます。過去に感染した人を含めた値は、すでにウィルスが体内から消えているかも・・・なので一度入って免疫が出来ているかどうかについては、抗体について検査するなどしなければ測れません。こちらは「既感染率」としましょう。
脱線しますが、この既感染率がかなり高いとしたら、今の発症者数からして危険は低いといえるし、いまさら感染対策しても始まらない、もうとっくに感染しまくってるよ、となります。

2つ目は「検出率」本当に感染している人をその検査方法(PCRとか)で調べて、どれくらい検出できるかの比率です。90パーセントとか100パーセントに近い数字が望まれます。

3つ目は「誤検出率」感染していない人をその検査方法で調べて、まちがって陽性としてしまう比率です。1パーセントとか0パーセントに近い数字が望まれます。医学界では特異度というようです。わかりにくいのでここでは誤検出率とします。

1.真の感染率が10%とします。2.検出率が90パーセントとします。3誤検出率が10パーセントとします。この条件で計算してみます。
10%の感染者の90%で9%が感染と検出されます。また、感染していない90%のうち10%にあたる9%が「誤検出」されてしまいます。
自分が陽性だとされても、本当に陽性なのが9%、間違って陽性にされたのが9%ですから、検査する意味がありません。これ、政府が検査しないことの言い訳にされています。しかし、それは真の感染率が低いことを前提にしています。真の感染率を測りもしないで言ってはいけない。

まだ3つの比率のどれもはっきりわかっていません。
2の検出率と3の誤検出率は真の感染率と独立に(関係なく)測定するしかありません。
検出率は確実に感染しているとわかっている陽性の人の同じ検体を、100回とか検査して、陽性とした、あるいは陰性とした確率を調べます。
誤検出率は不検出・陰性とされた検体を100回とか検査して、誤って陽性とした回数を数えればわかります。

このうち、誤検出率はとても重要です。前記の計算で誤検出率1%としましょう。正しい検出は9%のまま、誤検出は90%の1パーセントで0.9%になります。9%対0.9%になれば、陽性の確率が上がり、有意義な検査となります。

逆に検出率が100%、誤検出率10%としましょう。
正しい検出、10%の100%で10%、誤検出は変わらず9%。10%対9%では、精度はほとんどあがらず、統計的に意味ある検査にはなりません。
ただし、早期治療するためだったら感染が見逃されて治療しないのは危険ですから、検出率100%、誤検出率10%の方が良いということになります。

次の条件として、すでに猛烈に感染拡大しているとしましょう。1.真の感染率が50%とします。2.検出率が90パーセントとします。3誤検出率が10パーセントとします。これで検査すると正しい検出45%、誤検出5%。45対5で有意義な検査になります。

極端な場合、ランダムサンプリングで1.真の感染率が100% 2.検出率が90%  3誤検出率が10%なら、正しい検出90%、誤検出0%・・・という測定結果になります。有効な検査なので、その後も希望者を検査してあげる意味が大きい・・・とはなりません。(笑)
もう100%感染していますから、全員治療するべき。

100%感染、いえ50%でも政策としての対策が変わります。50%の場合は一度感染して回復してウィルスが体内にいない、という場合も想定されます。その場合、感染予防のための外出禁止令とか意味がありません。感染して発症した人の治療に全力を尽くすべきです。脱線ですが、今回のCovid-19でいえば、亡くなる方のほとんどは間質性肺炎らしいので、高圧酸素吸入か、血液を血管から取り出して、機械で血中に酸素を取り込ませて血管に戻すとか、とにかく、肺炎で酸欠・窒息死するのを回避します。そのうちに免疫が出来て治癒します。そういう方法を検討すべき。

感染率が低いならば、感染者を特定して隔離し、それと平行して完全鎖国して、国としての自給自足を始めるのが良い。しかし、カロリーベース食料自給率40%以下の国でそれがすぐにできるか?!

とにかく「真の感染率」がわかれば、とるべき政策が変わります。逆に言えば、「真の感染率」を知らずにやみくもにあれこれ政策を立てても無駄になる可能性が高いといえます。

真の感染率を測ると他にも良いことがあります。人が集まることについての危険度がわかります。
10人とか100人とかが集まったときに「集会の中に感染者がいる確率」(集会感染危険度)を計算してみましょう。
たとえば、真の感染率=0.01で、真の非感染率=0.99とします。
10人の中に一人も感染者がいない確率は真の非感染率0.99の10乗です。100人なら非感染率0.99の100乗です。
10人の場合、0.99の10乗≒0.90 これを1から引けば、集会中に誰か一人は感染者がいる確率0.1が出ます。
100人の場合、0.99の100乗≒0.37 これを1から引けば、誰か一人は感染者がいる確率0.63が出ます。
実際にどの程度の感染危険度なら集会を実施する、あるいは中止するかのしきい値は、政治的な判断でしょう。私なら10人の集会には出るけれど、100人の集会の方には出ません。

たとえば、感染危険度≧0.3になるのは36人以上の場合・・・とすぐに計算できます。そういう集会に出続けると3回に1回は感染者とニアミスする・・・ということになります。

これに加えて、感染者一人がどれだけの比率で非感染者を感染させるか、という確率=感染力を考慮します。そこからその集会で何人感染者が増えるかが計算できます。おそらくは感染力は時間当たりの数字になるでしょう。つまり1時間より2時間のほうが2倍の感染者数増になる・・・というような。
それで、たとえば、感染危険度=0.3で感染者の方の感染力が0.3人/時間で、開催時間が2時間だと感染者増は1.8人・・・と計算したいですが、実はそうなりません。
感染危険度 を出すとき、「最低限、誰か一人は感染者がいる確率」から計算していますから、もしかしたら36人のうち10人の感染者かもしれないし、原理的には36人全員感染している可能性もあります。まあ、逆に全員感染者ならもうそれ以上感染者数は増えないのですが。
・・・ということでそっちはメンドクサイ計算になりそうですが、いずれにせよ、計算することで人数が集まるイベントなどの開催可否の根拠を科学的に出すことが出来ます。逆にそういう計算ナシで実施したり中止したりは無謀というもの。目をつぶって火事場に水をまくことになる。

とにかく政策的にやるなら確率・統計的に考えるしかありません。その基礎の数字でもっとも大事なのは 真の感染率で、それを得るにはランダムサンプリングしないのです。

07/09/2019

道路拡幅・再開発・・・の件。
最近、東京の環六、環七あたりの、古くから賑わっているたくさんの繁華街を「ぶっ壊して」道を太くして周辺再開発・・・というのが多数あり、どこも問題になっています。
どんな地域があるかについては別に書くとして、行政側の言う、その道路の拡幅が必要という根拠に・・・「震災などのとき、密集地帯で火事が起きたら延焼が進む、太い道路があるとそこが防火帯になって延焼を食い止める、だから防災上必要なんだ」というのがあります。これに反論したい。

まずは、渋滞時に車両がつまっている付近で建物火災が起きた場合。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/journalip1984/16/0/16_0_349/_pdf
前から言われていることですが、自動車はひとつ燃えると、次々に爆発炎上します。防火帯どころか、導火線です。自動車はガソリンを積んでいますから、爆発炎上すれば古い木造住宅の火事より大きな被害を出します。
津波避難を除く、地震等の災害避難時には自動車ではなく徒歩で避難と言われています。このとき自動車がつまった道路は、爆発炎上の危険があり、避難に向いていません。みなさんも避難広場の公園や学校まで、車の少ない徒歩避難コースをさがしておいてください。

バッテリー式の電気自動車なら問題ないだろう?いえいえ、超強力なバッテリー積んでいますから、水没すると大変危険です。メーカーは水没しても大丈夫と言ってますが、それは車体が壊れていない状態のとき。
https://ontheroad.toyotires.jp/tidbits/6145/
災害時、歩行者はとにかく全力でガソリン車・電気車から離れてください。

道が広くなると、消防車が走りやすい・・・たしかにこれは正しいです。普段の小規模火災ではより迅速な消火活動が期待できます。ただし、考えればわかることですが、大震災で都内全域で同時多発的に火災が起きると、消防車の台数が不足するはずです。道路がすいているのに消防車が来ない・・・。
木密(木造密集)地域の火災の初期消火については、地元の消防団と消火用スタンドパイプ等が有効と考えられます。
そもそも現行の建築基準法・消防法では、建物の延焼の恐れのある部分は燃えないように作れ、ガラス窓なら網入りガラスにしろ、等々と書いてます。それを徹底することが一番延焼を防ぎます。(古い空き家などでは守られていませんが・・・)

道路拡幅渋滞解消の件。たとえば、西荻窪の区道補助132号線、今でもまったくといって良いほど渋滞ありません。それなら、車道は広げず、そのぶん緑道散歩道にした方が防火帯として安全です。燃えにくい木として銀杏が植えられることがありますが、植えるならミズナラが良好です。
高齢者が体力維持のためにのんびり散歩できる、緑豊かな散歩道。外食でもこれからテイクアウトが増えそうですが(税率が2パーセント違いますから)ベンチがあると助かります。
西荻窪の計画では16mから20mという道幅があるので、緑道公園にすれば、災害時の避難広場にもなるし、アコースティックなミニコンサートくらいできそうですね。まあ、ただちに必要というわけではありません。ゆっくり地域住民を巻き込んですすめるべきでは?

車道幅が広がり、通過する自動車が増えるということは、今まで来なかった車、その多くは「通過するだけ」だと思いますが、それが繁華街を走ることになります。道路を横断するのが不便になる。子どもと高齢者には良いこと無し。

西東京市、田無近くにある東大農場には、ど真ん中に都道3・4・9号線というのが工事中ですが、こちらは繁華街ではなく、広い農地の中を走るだけです。ここを通過する車が増えても、経済効果はまったくない。空気をきれいにしてくれてきた緑が減っただけです。景観も著しく悪化しました。ちなみにこの新道路も緑道公園にすれば周辺住民の災害時避難に役立ちますが、前記どおり自動車がたくさん走るなら、避難には使えません。

そもそも論ですが、今の都市計画道路は昭和40年というから、今から54年前の1965年の計画。あのころは経済も人口も右肩上がり。自動車も増えると考えられていました。しかし、そのあと、経済も人口も下向きになり、若者は自動車離れ。そのうち、自動運転車が物流を担うようになれば、すべての車両の運行は最適化され渋滞は減らせるでしょう。

ゴチャッとした繁華街、縄のれん、赤提灯・・・私は好きですが、道路が通るついでに、その繁華街をきれいになくして再開発ビル、という計画も都内あちこちにあります。きれいなビルが出来ると、家賃が上がり、古くからやっている個人商店・飲食店はもう入れません。入るのは外食チェーンや大手ショッピングセンター、コンビニみたいなものばかり。どこの街も同じ顔になってしまいます。

まとめます。
私としては、道路拡幅・再開発は防災上それほど良いものじゃない。それと、再開発で失われる地域の個性的な賑わいは、一度失ったら二度と戻らない。だから慎重にゆっくり進めるべきと考えます。道路網については1965年の計画を見直すことも必要です。なによりも、都から区市町へとトップダウンで計画が進められ、地域住民の声を聞かずに強引に計画を進める(だいたいどこの地域もそんな様子)のはやめるべきだと考えます。

右と左・・・といっても、政治思想的な左右ではありません。ねじれ方の話です。(これも政治的な話ではありません)蛇口のハンドルを右手でつかみ、親指が手前に来るように回すと、ハンドル全体が少し上に上がり、バッキングが開いて水がでます。これが右ネジ...
27/06/2019

右と左
・・・といっても、政治思想的な左右ではありません。
ねじれ方の話です。(これも政治的な話ではありません)
蛇口のハンドルを右手でつかみ、親指が手前に来るように回すと、ハンドル全体が少し上に上がり、バッキングが開いて水がでます。これが右ネジです。
さて、桜・・・というとまた政治的なものと思われそうですが、関係なく桜の木のねじれの話。
この世界では右ねじのものはあっても左ねじのものがないというような不対称な関係はザラにあります。
写真をご覧下さい。
写真右半分の桜の幹は、蛇口のハンドルを考えればわかるとおり、右ネジです。
実は、世の中の大半の桜(ソメイヨシノ)は右ネジです。
そのことに気づいて以来、3年くらい、私は、桜の幹を見ると必ずどっちにねじれているか確認してきました。(バカですね、笑)
ところが・・・
ひょんなことで、ついに左ネジの桜を発見しました。
写真の左側をご覧下さい。

場所、特に左ネジの生えているところは当面秘密です。(笑)
みなさまも、桜の木を見たら、幹を確認してください。どっちネジかわからないのも多数ありますが、たいていは右ネジです。左ネジの桜を発見したら、ご一報ください。(笑)

パブコメ出しました!http://e-shift.org/?p=3685パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略(仮称)(案)に対する意見募集。約80ページのつっこみどころ満載の資料に対して一度に書ける意見は2,000字!結局6,000字を...
16/05/2019

パブコメ出しました!
http://e-shift.org/?p=3685
パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略(仮称)(案)に対する意見募集。
約80ページのつっこみどころ満載の資料に対して一度に書ける意見は2,000字!結局6,000字を3分割して送りました。
以下引用

【意見】
○意見の概要
集中メインフレーム型の国際社会は環境破壊の原因であり、かつ、災害に対し脆弱。地域分散ネットワーク型への転換が求められる。このことは、本長期戦略(案)にも書いてはあるが具体的な個々の施策が矛盾している。

○意見及び理由

集中メインフレーム型から地域分散ネットワーク型社会へ
産業革命以後の科学技術と金融資本主義の発達が、スケールメリットをいかしての大量生産・大量消費で人類の生活を楽にしてきた。と同時にエネルギーの大量消費を招いてきた。しかし現在、自由競争に勝ち残った全世界の「モノとサービス」を寡頭支配する多国籍巨大企業(経済的中央集権)が、世界経済を支配するようになった。その結果として、貧富の格差を世界中で拡げた。そして、長距離輸送、フードロス、地球環境を破壊しつつある。
この現在までの既存のシステムを集中メインフレーム型と呼ぶことにする。このシステムは持続可能ではないし、災害に対し脆弱である。放置すれば人類は終わる。
これに対して、小規模地域分散、自給自足、地産地消、多様性を取り入れた生活スタイルが全世界的に底辺から沸き起こっている。インターネットを介して、それらの地域同士は情報を交換しあっている。また、研究者も巨大システムではなく、キメ細やかにニーズにこたえるための技術を開発している。たとえば3Dプリンタは金型による一括大量生産を時代遅れにした。このような流れが持続可能な地球への希望となる。その将来にある完成した持続可能なシステムを地域分散ネットワーク型とする。
たとえば、2011.3.11の東日本大震災では一極集中的な大型製紙工場が被害を受けたが、その影響で日本全国で紙不足が起きた。これがもし、分散ネットワーク型で各地域に中規模の製紙工場が分散配置されていたら生き残った工場複数の一時的やりくりで被害を小さく出来たであろう。
本件、長期戦略(仮称)(案)は言葉としては地域分散ネットワーク型志向に見えるが、具体的な個々の提案は集中メインフレーム型である。
たしかに、資料P11の36行には・・・
「④地域循環共生圏  人口減少・少子高齢化が進む我が国においては、特に地域の活力を高める成長戦略が重要である。このため、各地域が資源を持続可能な形で最大限活用し自立・分散型の社会を形成しつ、より広域的なネットワーク構築・・・」とあるので一見、地域分散ネットワーク型志向に見えるが、たとえば、原発という巨大システムはどう位置づけるのであろう?
資料P11の30行にSociety5.0についての記述があるが、これは、集中メインフレーム型社会にも、分散ネットワーク型のどちらにも貢献しうる技術で、いわば諸刃の剣である。前者にならないよう、世界中の市民が経済的権力を監視する必要があるのではないか?また、本件資料ではSociety5.0が具体的にどのように、気候変動対策に貢献するのかはまったく不明である。資料全編を通しての言葉だけのアドバルーン感がここにも感じられる。
資料P9の22行 「巨大な資金、技術力を有するビジネスの力を最大限活用することが重要となる。」はまさに、集中メインフレーム型、巨大金融資本主導型で本提案ができていることを示している。
作りすぎと、売れ残ったものの廃棄率という、消費のあり方自体についても集中メインフレーム型には問題がある。小さい村の中で生産消費が循環しているならば、廃棄される量が目に見えるので、無駄を減らすように働く。コレに対し、グローバル企業チェーン店システムが支配するような経済システムは総廃棄量が膨大なものになっている。
農業においても原生林を開拓して田畑にすれば、それは自然の生態系に対する破壊である。生産された食料が長距離輸送され、売れ残って大量に捨てられれば、それは無駄なことのために環境破壊(開拓・開墾、輸送によるエネルギーロス)をしたことになる。
資料P9の16行   3.長期的なビジョンに向けた政策の基本的考え方
このセクション全体として、巨大金融資本の支援なくして成立しないシステムを提案している。まさに集中メインフレーム型志向である。
エネルギー計画全体にいえるが、発電も巨大な発電所で一括して発電するより、地域分散型を目指すべきである。最終的には各家庭分散型のエネルギー(ソーラーパネル、小型風力)システムであれば理想的であるが、そういった分散型システムであれば、北海道のような広域停電は起きなかった。
分散型では生産されたモノもエネルギーも長距離輸送の必要がなく、地産地消型になる。これはより持続的で環境への悪影響の少ないシステムである。対して、現在のシステムでは、長距離輸送にかかるエネルギーコスト、長距離送電による送電ロスが大きく、地球温暖化に対し悪影響は避けられない。
***西東京市 渡邊 昇 (2/3)「「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略(仮称)(案)」に対する意見の募集について」への意見を次の受付番号で受け付けました。
201905160000522708
承前
世界レベルで見れば、日本はカロリーベース食料自給率40%弱であり、小麦大豆については、ほぼ全量を北米に依存している。北米が気候変動等で致命的な不作に見舞われたら日本も飢饉になる。日本だけではなく、世界各国においても、各国のモノカルチャー化が進んでいる。このような危険なシステムはやめなければならない。
以上の点より、集中メインフレーム型のシステムから地域分散ネットワーク型にすみやか、しかし、かつ、滑らかに移行出来るシナリオに資料全体を最初から書き換えるべきである。
資料P6の30行から
「金融分野では、環境(Environment)・社会(Social)・企業統治(Governance) を重視するESG投資等、企業の環境面へ取組を投資判断材料の一つとして捉える動きが拡大している。」
果たしてそのようになっているであろうか?現在の世界金融市場は旧来の価値観で通貨を溜め込むことを競争している。具体的な施策が不明である。

不確かな未来に依存しない
資料P9の1行 「我が国は、これまでの延長線上にない非連続なイノベーションを通じて・・・」
同20行 「気候変動問題の解決は、従来の取組の延長では実現することが困難であり、世界全体での取組と非連続なイノベーションが不可欠である」
同30行「ビジネス主導による非連続なイノベーションを実現するには、あらゆる選択肢を追求し、柔軟に見直していきつつも、水素やCCS・二酸化炭素回収・利用31 (CCU)、再生可能エネルギー、蓄電池、原子力等の脱炭素化のカギとなる分野におけるコスト、効率等の具体的な目標を掲げ・・・」
革命的な技術革新が今後、出てくるものと夢見ているが、実現性は不確実。その技術革新が出来なくても、あるいは出来たけれど失敗したとしても、それでも目標を達成できる確実な対策を用意しなくてはならない。既存の技術であっても、現在の最先端科学技術により改良すれば、さらなる効率化が可能である。過去の技術、例えば、環境保全と林業と薪ストーブ暖房の組み合わせなどでも劇的な高効率化が可能である。それはすでにドイツ等で一部実現され高い成果を上げている。
不確実な将来の技術革命のみに依存するのは危険すぎる。実際、原発から出る使用済み燃料や高レベル低レベル廃棄物の処理についても「将来、科学技術の進歩でなんとかなるだろう」でやってきて、現在、どうにもならなくなっている。(原子力等による脱炭素化・・・という明確な虚偽については別に記す)
なお、そもそも、現行日本政府主導の科学技術教育・研究は、基礎研究をないがしろにし、すぐに産業化、資産化できる技術ばかり求めている。このような中で革命的な技術革新は起きるはずがないことを注記しておく。

省エネルギーを先に。電力は再エネ 100%
全電化住宅のようなばかげたシステムをやめ、まず、無駄なモノとエネルギーの生産を止めることが先決である。鉄やコンクリートをつくるには石炭(炭素)が必要である。無駄なインフラや建物をつくり、短い耐用年限で壊し、また新しくつくれば、経済活動としては活発になるが、それ自体、環境破壊である。鉄やコンクリートのリユース、リサイクルは必要であるが、それを考えるのと同時に、まずリデュース(無駄の削減)をすべきである。残念ながら、そのような取り組みをすると、経済的には縮小傾向になり、投資判断材料として良いものにはならない。経済の評価の仕方事態を変えねばならない。
そもそも株価やGNPで経済を測り評価する、従来のやり方が持続可能な世界と相容れないし、また、株価やGNPはすべての人類・各個人の幸福には結びついていない。経済システムについて全世界が協調して抜本的な構造改革がなされなければ環境破壊は止められない。

2050年までに温室効果ガスの排出をゼロに。
資料P8の32行目から
「2050年までに80%の温室効果ガスの排出削減・・・」
まだあと30年以上あるのに80パーセントではあまりに遅すぎる。2050年までには100%削減しなくてはならない。段階を踏んで進めるというなら、たとえば、2030年までに80%削減を目指す、等が必要である。温室効果で気温が上がれば、海水中の溶存CO2が溶け出し、大気中のCO2濃度がさらに高くなる。悪循環である。遅滞は許されない、2050年までに100パーセント削減を目指すことを明記しなくてはならない。
なお、温室効果ガスはCO2やメタンに関しては、生態系中の植物・藻・菌類により炭素・酸素・水に変換して戻せるのでそちらについての研究と保全も必要である。
***西東京市 渡邊 昇 (3/3) 
原発は「低炭素電源」ではない
資料P13の23行以降
「(電源の非化石化)非化石電源比率は、再生可能エネルギーの導入促進や原子力規制委員会により世界で最も厳しい水準の規制に適合すると認められた原子力発電所再稼働を通じて、エネルギーミックスにおいて2030年度に44%程度とすることを見込んでいる。」
2011年のフクシマダイイチ原発事故よりはるか以前の2003年、映画「東京原発」内ですでに指摘されていることであるが、原発、特に日本の原発(火力も同様)では海水による冷却が不可欠である。その結果として海水が温まることになり、藻類の光合成の要素である海水中の溶存二酸化炭素を溶け出させ、大気中に放出することになる。つまり海水(湖水も同様)を温める行為は炭素燃料を燃やさなくてもCO2発生源である。特に、地球全体の光合成の点では陸地上の熱帯雨林は酸素生産の一部であり、大半は海水中の藻類によるものであることを考慮すれば、海水を温める行為自体すべて止めなければならない。
また、原発・火力発電はスケールメリットをいかすために大型化せざるを得ない。そのような建築物を作るには鉄とコンクリートが不可欠であり、鉄とコンクリートを作るには石炭が必要である。つまり設備・建物を新設することはCO2排出である。
さらに同じ化石燃料石炭・石油火力より原子力発電が良くないのはウラン鉱石採掘とウラン燃料の精製・製造に大量のエネルギーを使うことである。ウラン鉱山で掘る作業車、工場まで運ぶ運搬車や船、どれも現状は石油で動いている。
ウラン鉱石は石炭石油より早く枯渇することは日本政府自身も認めるところである。だからこそ、そのためにプルトニウムサイクルが必要という論拠ではなかったか?しかし、プルトニウムサイクルはもんじゅと六ヶ所村の失敗で破綻が明確になった。すでにフランス含めてどこの国も相手にしない技術である。地球人のほぼすべてが、神のように万能で、完全無謬で失敗することがなく、社会が平和で治安も良く、地震も台風も火山噴火も戦争も無いなら、実験室レベルで核融合実験をするのは可能かもしれない。しかし、そのような(プルトニウム)システムを間違いだらけの国際社会経済の中に投げ込み、市場経済任せで稼動させるのは不道徳・危険であるし実際、持続不可能である。
パリ協定が「石炭石油は化石燃料であり、これを地球全体の海・陸の光合成能力を上回る速度で消費してきたから温暖化が起こった」という前提に立っている以上、石炭石油火力の利用も許されない。
以上のことから2030年目標・エネルギーミックス(原発20~22%、石炭火力26%、再エネ22~24%など)は見直して再生可能エネルギー100%になおす。

海外支援は、持続可能で人権に配慮した形で。
地球全体を地域分散ネットワーク型にするためには、現在行われている借款によるインフラ輸出、プラント輸出等は不道徳でありかつ、持続可能ではない。正しい国際支援は、被支援国の教育段階から支援して、被支援国自身が技術力をつけ、自力でインフラや生産設備を、その地域の実情・歴史・社会に合わせて充実できるようになされるべきである。かつ、それは無償であるべきである。
わかりやすく食料問題でたとえれば、餓えている国に缶詰を飛行機からばら撒いて、後で請求書を送るようなことはしてはならないのであって、現地で育つ種と栽培法をそのための教育を含め、無償で提供すべきである。その国の人々が自らそれを育て、収穫し、次期の種を自家採種し、持続的な発展をすることが出来る、それこそが持続可能な地球のあり方である。

戦争は究極の環境破壊
戦争は究極の環境破壊であり、平和こそがすべての繁栄の礎である。核兵器や生物兵器、化学兵器のみならず、通常兵器による小規模な戦闘でも(海への原油流出や火災等)環境には大きな悪影響がある。実際、2019年5月15日にはサウジアラビアの原油パイプラインがドローン攻撃された。幸い被害の波及する範囲は小さいようだが、このような環境破壊型テロは増えることがあっても、減るように見えない。戦争のためにエネルギーを大量消費し、ゴミやCO2を増やすのは、人類全体に対する犯罪である。現在の世界経済、特に米ロ中のような大国ではその国の経済全体が戦争の存在に支えられている。このようないびつで不道徳な経済体質を変えないと、その他の環境を守る活動全体を徒労にすることになる。79ページある本件資料中にこれに関する記述が一切見られないことは、平和憲法に守られて発展してきた日本として非常に恥ずかしい。

パブコメ出そう!「2050年長期戦略」

http://iypt2019.jp/私も還暦過ぎなので、一番怖いのは認知症。で、運動と同時に中学高校レベルの全教科をおさらいして、ずり落ちるのを必死で防いでいます。周期表は水兵からクリプトンまでは覚えなおしました。その先(下の行)は、カル...
08/01/2019

http://iypt2019.jp/
私も還暦過ぎなので、一番怖いのは認知症。で、運動と同時に中学高校レベルの全教科をおさらいして、ずり落ちるのを必死で防いでいます。周期表は水兵からクリプトンまでは覚えなおしました。
その先(下の行)は、カルビーとかカリストとか縦に覚えるわけです。(カリウムの下がルビジウム、カルシウムの下がストロンチウム・・・etc.)
残念ながらその縦に覚える下のほうは何回覚えても1月もしないうちに忘れます。www
それで良いんです、気にしません。
墓場まで持っていける記憶なんて、楽しかったときのことや愛する人のことだけで十分ですからね。

このサイトは国内における2019国際周期表年に関わる各種イベント推進や交流の場を提供します

キログラムの定義https://www.asahi.com/articles/ASLCF4TKJLCFULBJ028.html?iref=com_rnavi_srankこれは画期的・・・というよりはむしろ、やっとですか、という感じです。この...
18/11/2018

キログラムの定義
https://www.asahi.com/articles/ASLCF4TKJLCFULBJ028.html?iref=com_rnavi_srank
これは画期的・・・というよりはむしろ、やっとですか、という感じです。
この世の基本的単位は長さをあらわすメートル、時間を表す秒、そして質量を表す(キロ)グラムの3つですが、距離と時間はモノではなく物理現象を利用して定義されてきました。(他には電荷を表すクーロンとかもありますが)
質量だけが今までずっとキログラム原器を基準にしてきたのですが、やっとプランク定数を使って決定する方向に進むようです。
プランク定数、ご存じないかもしれませんが、光子一個のエネルギーはその光の周波数(=光速/波長)に比例します。その比例定数がプランク定数(hであらわされます)です。
定数の中にエネルギー単位が含まれます。エネルギーは質量かける速度の二乗ですから、速度は時間と距離で決定でき、結局質量が決定できるという仕組みです。
早く本決まりになってスッキリしたいものです。

 質量の単位「キログラム」の定義が「国際キログラム原器」と呼ばれる分銅から、約130年ぶりに見直される。日本を含む各国が加盟するメートル条約で単位のあり方を定める「国際度量衡総会」が16日、フランスで...

ABC予想だいぶニュース性がなくなってますが、数学、それものぼが好きな二大ジャンル、数論とグラフ理論(離散数学)のひとつ数論関係なので取り上げないのもナンなので。ざっとネットで調べてみた程度ではまったく歯が立たないシロモノであることはわかり...
04/01/2018

ABC予想
だいぶニュース性がなくなってますが、数学、それものぼが好きな二大ジャンル、数論とグラフ理論(離散数学)のひとつ数論関係なので取り上げないのもナンなので。
ざっとネットで調べてみた程度ではまったく歯が立たないシロモノであることはわかりました。あのファルティングスが困惑しているというし。
A+B=C たとえば、5+8=13を考えます。
A、Bは互いに素とします。←はい、ここで脱落する人、あなたは正常です。www
まあ、5、8、13のすべてを割り切れる数があれば素ではないというのですね。
たとえば、10+16=26だとどの数も2で割り切れます。10と16は互いに素ではない。

次。
A、B、Cたとえば、5と8と13の素因数をすべて求めます。←はい、ここで脱落する人、あなたも正常の範囲です。www
8は2×2×2 5と13はそれ自体素数です。
ここで、A、8の素因数は2が3つなのですが、そのひとつの2と、Bの5とCの13をかけます。
2×5×13=130
このような数字をrad(A×B×C)と書くことにします。rad(5×8×13)=130
←はい、ここで脱落する人、ここまでついてきたあなたは病気です。www 数学好きというのは立派に病気だと思います。

で、このrad(ABC)を1乗以上、2乗でも3乗でも、1.1乗でもいいから何乗かします。簡単な例として1乗しときましょう。すると
C

を満たす、互いに素な自然数の組 (a, b, c) に対し、積 abc の互いに異なる素因数の積を d と表す。このとき、任意の ε > 0 に対して、

20/11/2017

量子コンピュータとは

新聞記事が科学のトピックに関していい加減なことばかり書いている(プンプン!)・・・と思っていたけど、量子コンピュータについて新聞記事のような4~5行でちゃんとした説明を書くのは不可能だと再認識しました。いやーまいった。(^^;;;;)
これについては別途、wikiでも専門書でも良いから読んでくださいね。

まず量子という言葉ですが、光は波でもあるけど、光子という粒でもある、という、そんなような二つの性質を持つ現象を量子的現象というと思ってください。
びっくりすると思いますが、電子という粒も波の性質を持ちます。陽子も、原子も、極論すれば我々の体を作っている物質も波の性質を持っています。あ、オカルトの波動ナントカとはベツモノです、念のため。

さて・・・波が寄せてくる水面に杭が突き出していると想像してください。杭の右側を回る波と左側を回る波はその先でいっしょになって強めあったり弱めあったりします。干渉縞というきれいな模様が見られます。

日立の電子顕微鏡研究者、外村(とのむら)さんという方が、びっくりするような実験を実現しました。電子をポツンポツンとひと粒ずつ飛ばして、その先に電圧をかけた針を置きました。針の後ろにあるスクリーンにポツンポツンと電子がとどきました。電子がある程度来たところでスクリーンを見ると、なんと電子が届いた個数の濃淡が縞模様になっていたのです。
これは電子が波として飛んでいる証拠です。・・・電子を粒としてみたら、針の右側を通るか左側を通るかのどちらかのはずです。針の陰になったところ以外は一様に電子が届くはずです。電子は「一度に1粒ずつ」しか飛んでいませんでした。これをまとめると、一粒の電子が波として針の左右両側を通ったことを意味します!

電子は飛んでいるときは波です。スクリーンにぶつかって観測されるとき粒になります。波はあいまいで広い範囲に薄まっている、観測するとそれが一点に粒として凝縮する。

量子コンピュータではあいまいに広がった状態のデータをそのままいじって計算します。
普通のコンピュータは1か0に決まった状態を相互に関係させ(影響させ)て演算しますが、量子コンピュータはこのあいまいな状態のまま相互に関係させ(影響させ)て計算を続け・・・最後に情報を確定(固定)するときに1か0のどちらかにさせます。演算中のあいまいな状態ではデータは0から1までのどの値、0、0.1、0.3、π/10、0.55555・・・、0.99、1.0、どんな値もとり得る状態、というか、無限にある状態のすべてを同時にとっている状態です。(ここらへん頭痛くなるところですね、はい)
これ、ある意味1.0のデジタル(離散的)ではなくアナログ(連続量)的ですね。

さっきの波の干渉のアナシロジーなら、演算中は波、答えが確定したときは粒、みたいな感じです。もっとも量子コンピュータ内のデータは波として振動しているわけではないので厳密には違います。

実は、演算した結果もその確率的な状態で、その演算を何回も繰り返し答えを何回も出すと、確率的に0.618とかそういうひとつの数字に収束する・・・というものです。考えようによっては量子コンピュータ1つのビット(量子ビットとかQBitとかいいます)はアナログ的に無限の値を扱えます。

こういう解釈もあります。最初の外村さんの電子の干渉縞でいえば、電子は無限通りの飛び方をしてスクリーンに当たってひとつの答えになる・・・実は無限にある宇宙のそれぞれで電子は飛び、最後にそのすべてが干渉してひとつの答えに収束する。

宇宙は無限分の1秒ごとに無限に多くの世界に分岐して、そのうちのひとつの道スジだけを我々は見ている、という解釈があり、これを多世界解釈といいます。量子コンピュータはこの多世界の中で、無限大の台数のコンピュータが一斉に演算して最後にひとつの答えを出すという仕組みと解釈することもできます。

コンピュータで並列演算というのがありますが、1,000台とか1万台あれば一度にそれだけのいろいろな場合を演算できます。しかし、量子コンピュータは無限台のコンピュータが並列演算するのに相当しますからこれは比較にならない。
たとえば、今までのコンピュータでは8ビットのデータはひとつの値でしかありません。しかし8量子ビットの量子コンピュータは2の8乗通りの場合を一度に並列計算できます。(あら!無限通りでなくなってますね、すみません、このあたり説明すると長くなります)
1024ビットなら2の1024乗通りが一度に演算できる。今までのコンピュータとは決定的に違います。

量子コンピュータはどんな問題を解くのに向いているでしょうか?ここにもNP(Nondeterministic Polynomial time)問題云々・・・と、半日説明しても難しいような話が山ほどありますが、少なくとも、問題の「規模の階乗に比例」するようなたくさんの場合をしらみつぶしに試すような問題には向いていると言われています。

日本中の人口10万人以上の街全てを一筆書き的に最短距離で全部回りたいというセールスマンを考えましょう。田無、吉祥寺、武蔵小金井、国分寺の5つなら回り方は5×4×3×2×1=120通り。これくらいなら人力で総当りできますね。セールスマンは最短コースを見つけるでしょう。では50都市ならどうなるでしょう?ためしにやってみてください。(笑)
500都市を回るコースを考えると、今ある最速の並列演算コンピュータでも宇宙の歴史137億年をはるかに超えるでしょう。それどころか、並列コンピュータを作るために宇宙のすべての原子を使い果たしてコンピュータにしても答えが出るのははるか先・・・答えが出る前にセールスマンは死んでますね、お気の毒です。
量子コンピュータはこういう問題をあっという間に解いてしまうだろうと予想されています。

この世界には、巡回セールスマン問題と同じクラスの、解けないはずはないけど実際に解くには途方もない時間がかかるという問題が無数にあります。というわけで、量子コンピュータが実現されれば人類の知の地平はさらに切り拓かれるでしょう。

18/05/2017

ナガミヒナゲシについて

道端にオレンジ色の花が咲いているのを見ることがあると思います。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.1464306073627461.1073741828.100001442486416&type=3

これが危険な外来生物で駆除しなければならない、というニュースがついにテレビ(それもNHK)までが流すようになりました。
これについては、危険だから駆除しようと私も個人ページでシェアしてしまったのですが、友人の生物の方から「なんでこれだけ目の敵にするんだ」ということを指摘され、それもそうですねということで、自分の周りで見つけても出来る限り放置することにしました。
で、その後いろいろ確認しましたが、結論を申し上げます。
農業や花を育てている人は、駆除してください。
それ以外は放置してオーケーです。というか、放置しときましょう。
ある生態学の研究者にも聞きましたが「それほど危険ではないので放置してよい」と言っておられましたので、異を強くしました。

ナガミヒナゲシ、私自身の観察では・・・
1. 道路わきなどでコンクリートのそば、コンクリートのスキマ割れ目などに生えるので、他の植物が嫌う環境でも育つ
(コンクリートはアルカリが強いので植物にとっては厳しい)
2. 2~3本と少ないうちは周囲の植物と共存している(らしい)
3. ただし、群生するようになると本当に近くの植物を枯らす→だから農業の人は見つけ次第駆除、地面で花を育てている場合も同様に駆除

・・・ということですが、よく考えれば、農業や花を育てている人はそんなことをあえて言わなくても草取りはしているでしょう。

ブタクサはそれを食らう虫が出てきて爆発的増殖が抑えられました。セイタカアワダチソウはよく調べてないですが、ススキが抵抗力をつけて抑えられたとか。
ナガミヒナゲシも日本の雑草界でそのうち安定的地位を得る可能性があると思います。

さて、そう考えてくると、なんでナガミヒナゲシだけこんなに取り上げられたのでしょう?
スピン報道でしょうか?それにしてはインパクト的に弱い。

農研機構のpdf
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/sinfo/publish/niaesnews/090/09003.pdf
から引用・・・
"川柳作家として有名な井上信子さんは、「国境を知らぬ
草の実こぼれあい」という川柳を、第二次世界大戦直前
の1940年に詠んでおられます。雑草は国境を越えて広が
る、植物には国境はない、国家がいくら弾圧しても反戦運
動は広がるとの意味であろうと思われますが、人間が作っ
た国境を越えて雑草が広がることとうまく掛けてあります。"
誰かがこの川柳を読んで気に入らなかった・・・というのは考えすぎ?(笑)

私もいくら引っこ抜かれてもしぶとくまたはえてこようと思います。

14/08/2016

「原発を止めることで火力発電が増え、二酸化炭素が増え、地球温暖化が進み、死者が出ている、反原発派はその責任が取れるのか!」という攻撃を最近(2016.08.13)見ました。
たぶん、みなさんもあちこちこからそういう話を聞かされると思います。
というわけで想定問答集ではないですが、あらかじめ反論を作っておきます。
まず、地球温暖化の原因がCO2・二酸化炭素であるという攻撃側の前提を認めるとします。
これも本当は吟味が必要な話です。
で、一番簡単な反論は以下の資料のURLを貼って返信することです。
地球温暖化に加担する原子力発電 (明治大学名誉教授 藤井 石根) 
http://www.gensuikin.org/gnskn_nws/0804_3.htm
以上!
・・・あ、もうすこし解説させてください。
鈴木真奈美(明治大学大学院)さんというジャーナリストの方のお話では、原発1000基(何メガワットか聞き漏らしました)で火力発電を代替すると総発生CO2が7%減ることになり、やる意味があるそうです。ちなみに現時点で世界には約400基原発があるそうです。そのうちの54基を日本が持っていたというのもすごいですが、1000基といえば現時点の2.5倍です。
原発業界では世界で毎年30基ずつ建設して33~4年で達成できるという話が出回っているようです。気が遠くなりそうな話です。
それだけの数の原発の燃料のためのウラン235、掘り出し続けて何年持つのでしょう?
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/dent-02.pdf
石油より先にウランは終わります。推進派としては、残った使用済み燃料を再処理してプルトニウムを取り出せば良いといってくるでしょう。
ブルトニウムの使い方としては、高速増殖炉というのがありますが、全世界的に失敗に終わり、今でもやろうとしているのは日本のもんじゅだけです。規制委も文科相もあきれた事故ばかり続いているあれです。望みがあるとは思えません。
あとは、ウラン燃料にプルトニウムを混ぜて普通の原子炉で使うプルサーマルという方法しかありません。54基(福島第一事故以降は50基)ある日本の原発でも飛び切り危険な伊方原発の再稼動は、プルサーマルの実績作りに必要だからどうしても動かしたかったから・・・だったようです。
ブルサーマル、普通の原発より事故のときの被害は格段に大きくなります。
さて、最初の明大藤井先生の資料の補足。
原子力は電気しか作れません。エンジンとしては潜水艦にしか使われていない。石油系燃料なら自動車、ブルドーザー、パワーシャベルが動かせます。そもそもウランを掘るにも発電所を建てるにもこういう石油で動く機械・乗り物が必要なのです。(電気自動車にしますか?)
コンクリートはロータリーキルン等で焼いてつくります。鉄も高炉などで焼いて作ります。さのためには一番環境に悪いといわれる石炭が必須です。原発を作るのに大量に化石燃料を燃やすことになります。準備期間10年で発電所を建てて、40年で役目を終えて、廃炉には・・・どれほど化石燃料が必要になるのでしょう?
原発は定期的に停止して点検しなければなりません。大地震などの後はほとんどがとまって安全チェックをします。その期間は火力発電で代替します。結局それだけの火力発電所を建てることになります。
そもそも論になりますが、温暖化を止めたければ消費するエネルギーを減らすことが有効です。
東京のような都市の平均気温は上がっている、下がっているいろいろなデータがありますが・・・
http://www.kankyo.metro.tokyo.jp/…/countermeasure/index.html
http://netgeek.biz/archives/44843
とにかく昔はエアコンが普及していなかったので室外機からの熱風で暑さを感じることはありませんでした。今は道路に面して室外機を置かないですがそれだけ全体的に気温が上がっているでしょう。これは都市に人口が集中して大量のエネルギーを使っていること自体の問題です。
暑い中、クーラーを使わずに室内にいたお年寄りが熱中症で死ぬ・・・これ、かなりの部分が貧困格差の問題です。お金がないのでクーラーが買えないのです(まあ、買えるけどクーラーが嫌いという人もいる)。あえて、推進派にゆずって原発で電気が安くなったとして、クーラーが買えなければ使えません。(放射性廃棄物の問題などを総合すると原発安くない、と私は思っています)
温暖化が進んでも格差がなくなればみんなが゜クーラーを使えて熱中症は減る・・・まあ、環境的にはあまり良いことではないですね。やはり省エネが大事です。
原発を動かすことよりも、都市の緑を増やし、水面(川や池)を整備し、人口集中を緩和することが必要です。
電気でなければ冷房はできませんが(ガスエンジンエアコンもあるにはあるけど)  暖房は薪ストーブでもできます。実は一般の生活者が使っているエネルギーのかなりの部分は調理や風呂、暖房などの熱です。これを言うと「ますますCO2が増えるではないか!」というお叱りが来そうですが、薪はカーボンニュートラルです。つまり切った分だけ木が育てばまた大気中のCO2は吸収されて材木の形に固定できるのです。すでにドイツや北欧では自然エネルギーのかなりの部分は薪になってきています。日本は潜在的森林資源は豊富ですが消費が少ないために森が荒れ放題になりつつあります。なんとかしなくてはなりません。
もっと大きな問題があります。実は森林が固定しているCO2は海水中の藻類が固定しているよりはるかに少ないのです。重要視すべきは海です。CO2が増える→温暖化する→海水温が上がる→藻類が増える→CO2が減る→涼しくなる・・・というフィードバックが本来あるはずです。そうでないとしたらその原因を究明するのが先です。というか、温暖化があるという以上それをまず調べるべきですね。
というわけで、どこをつついても原発で温暖化がとまるとは思えません。

火力発電所で燃料を燃やして得られる熱量のうち、電力としてわれわれの手に届けられるエネルギー量は、送電ロスによって約3割しかありません。原子力発電所も本質的に同じです。それにも関わらず、地球温暖化で二酸化炭素(CO2)の排出を減らす世論が世界的に高まっている現在、電力会社はオール電化住宅とかエコ給湯などと、より多くの電力消費を促しています。省エネの観点から見て矛盾を感じる話です。

住所

向台町6-6/1
Nish*tokyo-shi, Tokyo
188-0013

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