23/09/2026
~あの夜、雷鳴が鳴り響いた瞬間のこと~
◆秘伝!【やまと風水】で人生をひらく◆
今日はお彼岸の中日、祈りの日ですね。
世界に顧客を持つヨーロッパのハイブランドが日本でファッションショーを開催するとき、京都の神社仏閣が会場に選ばれることがよくあります。
私も何度か、そういう現場に立ち会ってきました。
今日は、そのうちの一夜の話をさせてください。
あるハイジュエリーブランドのショーでした。
お客様は、世界中から招待されたVIPの方々。
会場は、修学旅行で誰もが訪れるような、有名な寺院です。
大掛かりな建て込みをして特設の舞台をつくりました。
普段は御開帳されていないご本尊も、この日のために開かれた特別な夜でした。
ゲストには、日本を代表する歌舞伎役者の方をお迎えしてのパフォーマンスという豪華なもの。
華やかで、完璧に段取りされた一夜になるはずでした。
ただ、準備の間ずっと、私は小さな違和感を抱えていました。
スタッフは、100人近くいたと思います。
そのほとんどにとって、あの場所は完全に単なる「会場」でした。
誰かが何か悪いことをしたわけではありません。
皆、仕事熱心で、優秀な人たちです。
ただ、何百年もそこに在り続けてきた祈りの場所に対する「畏れ」のようなもの。それが大所帯のすべてのスタッフまで、行き渡っていたとは言いがたい空気でした。
そして、ゲストパフォーマンスの終了近くになったとき、遠くで低い雷鳴が聞こえ始めました。
あの役者さんが舞台を降り、裏にはけた、その瞬間です。
――⚡大音響で雷が鳴りました⚡ーー
ものすごい豪雨でした。
私たちスタッフは小さな小屋に逃げ込みましたが、全身びしょ濡れ。
モデルのドレスも、びしょ濡れ。
東屋の造りになっていたお客様のお席にも、雨は容赦なく吹き込みました。
ぎゅう詰めの小屋で土砂降りの雨を見ながら、私はある思いにとらわれていました。
あの夜、たった一人だけ、あの場所を単なる「会場」ではなく「神社仏閣」として扱っているように見えた人がいたのです。
それが、あの役者さんでした。
少なくとも、私にはそう見えました。そして彼は、雨が降り出す直前に、その場を後にしていた。
因果関係を証明することはできません。ただの偶然かもしれません。これは、あの時の私の率直な感想にすぎない、ということはお断りしておきます
けれど、あの夜のことはとても印象に残っています。
かつて私たちのご先祖様たちは、神仏に手を合わせる場面はもとより、暮らしのそこここに祈りを置いて生きていました。
その名残は、今も言葉の中に残っています。
「いただきます」
「おかげさまで」
毎日使っているその言葉に本来込められていた祈りの心を意識している人は、いまや多くないかもしれません。むしろ今は、風水のような「特別なこと」として学ばないと出会えないものになってしまったようです。
もともとは、誰もが当たり前に持っていたはずの感覚。
場所にも、物にも、食べ物にも、私たちの祖先は、そこに何かが宿っていると考えて暮らしていました。
それを迷信と呼ぶか、作法と呼ぶかは、人それぞれだと思います。
ただ、目に見えないものへの敬意を心に置くことは、天地(あめつち)に生かされている私たちにとって実はけっこう大きなことなのだと思います。
今日はお彼岸の中日、祈りの日に寄せて思い出したことを書きました。
皆さんは、お彼岸をどんなふうに過ごされていますか。
ご感想やご質問とあわせて、お気軽にお寄せ下さい。
なぜ突然「やまと風水」?って思われた方は下記の投稿もご覧くださいね。
https://www.facebook.com/hiromi.osada.33/posts/26726081570423468